Mother
翼揚・風人
「ママ、ママ。僕はいつ生まれるの?」 『そうね。あと一ヶ月くらいかしら?』 「…そうなんだ」 母親は顔を下げた。 『どうしたの、坊や?』 「ううん。なんでもない。それより、勉強の続きをしようよ」 『そう?』 母親はちょっと心配そうに首を傾げるが、すぐに気を取り直す。 『じゃあ、始めましょうか。さっきと同じ、近代歴史のおさらいよ。坊やもこの国が胎教によって発展したことは知っているわね?では、この胎教のシステムとは何だった?』 「3L(Life Learn Link)システムという、子供が母親の体内にいる時から教育を行うもの。脳の成長を早めると同時に、言語・一般教養など様々な知識を脳内に注入する。これによって才能をより早く発揮し、社会に貢献できる」 『その通りよ。偉いわ、坊や。』 母親は、お腹の上からやさしく撫でた。 『このシステムによって、社会は大きく変わったの。5歳で社長になった人、10歳で結婚した人、15歳で大統領になった人…。でもね、いいことばかりじゃなかったの。自分より20歳も年上の人が上司になってしまったために、精神障害になった人や学校の先生が何かを教えようとしても子供の方 が頭が良かったというケースが現れだしたの。幼稚園や小学校もそう。子供達を子ども扱いしたらいいのか、大人として扱えばいいのか分からなくて…妙にギスギスしちゃって…』 子供は何も発しない。 『でもね…』 母親はそっとお腹を撫でながら言う。 『私はこのシステムが気に入っているの。だって坊や、あなたが私の中にいる時から、こうして話すことができるのよ。それだけで私は幸せなの』 母親はお腹にいる子供を抱きしめるように、自分を抱きしめた。子供は少しだけ手足を動かす。 「ママ」 『なあに、坊や?』 「ママは、僕は生まれて来て欲しいんだよね?」 『もちろん、当たり前じゃない』 母親は明るく答える。 『でもどうしたの?さっきから様子が変よ』 子供は、へその緒から流れてくる心配そうな感情に少し嫌な感じを覚えた。 「うん…。不安なんだ、外の世界に出ることが。本当はずっとママの中に居たいのに」 だが子供は、母親に感情を送り返そうとはしなかった。 「ママだって、僕がママの中にいることが幸せなんでしょ?だったらそれでいいよ。ねえ、僕を生まれないようにしてよ」 母親はやさしく、だが強く言った。 『坊や。それは違うわ。私はあなたがいるだけでは、幸せじゃないの。あなたがいて、成長していくことが幸せなの。だから、そんなこと言わないで。生まれて来て、ちゃんと私にあなたの姿を見せて』 「うん…」 『心配なんてしなくていいから』 「…うん」 『さあ、今日はもうこれぐらいにして寝ましょう』 母親は子守唄を聞かせる。子供はその日はやすらかな眠りについた。 子供は大人よりも多く眠る。眠っている間にも、子供には知識が送り込まれている。子供は眠りの意識の中で底知れぬ恐怖を感じていた。外の世界の情報を知れば知るほど、嫌悪感が沸いてくる。子供に送られてくる情報は純粋な知識だったが、子供は同時に母親の記憶を感じ取っていた。 母親もまた、胎教によって成長させれた人間だった。物事を知っているのが当たり前の世界。社会は発展していくのに、感情だけが退化していくような感じだった。大人と子供の会話も、昔のように大人が子供を気遣うものではなく、大人同士の会話に等しかった。そして、それは子供同士の会話にも同様の事が起きていた。知識の交換が必要ない、つまり未知の物を知る楽しさをしらない子供達だったからだ。子供達の目は輝いているとは言えなかった。 母親の中で子供は困惑していた。どんどん新しいことを知るのは楽しいし、ママが喜んでくれるのは嬉しい。でも、どんどん増える知識とママが持っている嫌な感じのする記憶を得ると、本当にこのままでいいのかと思ってしまう。いつか、とんでもない事になってしまうんじゃないか。子供はそう感じながらも、胸のうちを母親に打ち明けられないまま、一人で考えつづけていた。 『いよいよ明日ね、坊やが生まれるのは。ずいぶん長く感じたけど坊やの姿をついに見ることができるのね』 母親はこれ以上ないというくらい幸せそうな声をあげた。 「…ママ」 『なあに、坊や?』 「僕は…僕は生まれたくない」 『……坊や?』 「嫌なんだ、外の世界に出ることが。だから、生まれたくない!」 『…ど、どうして?』 子供は答えない。 『ねえ、どうしてなの?』 「…………」 『答えて、お願い!どうしてなの?』 「…怖いんだ、外の世界が。」 子供は少しづつ口を開いた。 「不安なんだ。子供も大人も、みんなみんな同じように話して、行動して…何か違うんだ。もっとみんな楽しくできるはずなのに、仲良くなれるはずなのに…」 『坊や、でもそれは』 「ママだってそう思っているくせに!」 子供はへその緒から驚きと戸惑いの表情を感じた。 「…ごめんなさい。ママの記憶を、見ちゃったんだ」 子供は母親に感情を送った。 「ママ、すっごく寂しそうだった。ママが5歳の時、同い年の子と遊ぼうとしても、みんな勉強や仕事していて、ママはいつも一人で遊んでいた。ママのママ、僕のおばあちゃんはママに勉強を強要したりはしなかったけど、仕事がどんどん減っていったから家計が厳しくてなかなか構ってくれることが なかった。ママが中学生になっても、高校生になっても、大人に近づいていっても、周りのみんなは何も変わった気がしなくて…」 『もう、やめて!』 母親は叫んだ。子供は、いまさらながら母親から送られていた感情に気付き、身を震わせた。 『…ごめんなさい。私は坊やに…』 「ママ、もういいよ」 『ううん、違うの。もう、坊やを騙せない』 「え…?」 『坊やが思っている通りなの。私はこの社会が嫌い。大嫌い。子供も大人も誰もかも、平等で知的で常識的で…。寂しすぎるの、怖いの。』 母親は顔に手を当て、嗚咽をあげた。 『本当は、坊やに3Lシステムを、使いたくなかった。きっと寂しい想いをするだろうし、坊やが他の子供と同じになって欲しくなかった。でも、私のように苦労させたくないから、せめて一般的な知識だけは教えたかったから』 「ママ…」 『ごめんなさい。これは私のエゴね』 「ママ、僕は…」 母親は、やさしくお腹を撫でる。 『ねえ、坊やはどうしたい?このまま消えることだってできるのよ』 「…………。僕は、ママの子供として生まれたい」 母親は、手を休めずに撫で続ける。 「でも、このままじゃ怖い。僕も、みんなと同じように大人のようになってしまいそうで。できることなら、全て忘れたいよ…」 『じゃあ、そうしましょう』 「……え?」 『実は、最後までその方法を考えていたの。坊やには話していないけど、最近の出産はそうした変化が起きているの。3Lシステムを応用して覚えたことを全て忘れさせたり、あえて胎教を行わなかったりしてね。だから、それは可能なの』 「そう…なんだ。でも…」 『でも?』 「ママは寂しくないの?僕の記憶が消えてしまえば、僕はこれまでのことを忘れてしまうんだよ。ママにはその記憶が残っているのに」 『そうね、少しは寂しいかな。でも、坊やが生まれてくれるなら、それはいくらでもやり直せる。私はそれだけで幸せなの』 「ママ…ありがとう」 『うん』 「心配なんかしなくていいんだよね?」 『うん』 「ママ、生まれる前の僕を、忘れないでね」
あとがき
あとがき (注:著者はMother Complexではありません。) 小説での処女作がこれか……。………………。あ、いや、作品自体は真面目ですよ。ただなんというか、人前で母親から「〜ちゃん」と息子(娘は不可)をちゃんづけ呼ばわりされるような心情に似ていて。つまり、物書きという生き物は作品で全てが決められてしまうような存在なので、ちゃぶ台返しを経験済みという風格をもったおじさんがうどんを注文したら味もスープの色も濃いうどんがでてきてこんなの食えるかぁとうどんをぶちまけるシーンを描いたら、「ああ、この著者はアンチ関東の思想を持つ人だな」と思われるに決まってるんだ。だから今回の作品だって、「この人は未来予想小説を描いたに違いない」とか「確かにこういうことが近い将来起きるかもしれないな」と思ってくれたら幸いです。 どうでしたか?今回の作品は?何か至らない所はありませんでしたか?父親が描写されていないという点はまあいいとして、とにかく初めて最後まで書き上げた作品なので、まだまだ誤字や脱字(いろんな意味で)があるかもしれませんが、これからも精進して人の心をほんの少し揺れ動かすようないい作品を作っていきたいので、長い目で見てやってください。 この作品は未来の日本(のようなところ)で日常的に行われている胎教についてのお話です。未来は完全に実力主義の世界です。それに追いつくためには子供の頃から、それよりもっと前の状態から英才教育をすべきだという結論に達したわけです。現代でも某虎が幼少の頃からゴルフをしてきたというケースがあり、決して夢物語とは言い切れません。この世界がどうなっていくのか、自分達の世界がこの世界のようになってしまうのか、それはまあ読者次第というわけです。 翼揚 風人 ……自己紹介……しなきゃだめ?……だめ?あ、そうですか。始めまして、翼揚 風人です。 これからもよろしくお願いします。 (注:著者は普段、こんなふざけた人物ではありません多分)
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