Dead or Alive            プラム正浩  セントラルパーク・サウス A.M.10:00  プラザ 『510』号室―― 「ディスクが奪われただと!?」  紺の背広を着た中年の日本人男性は、声を荒げて電話の内容を繰り返した。 『ええ。地元のチンピラ連中にね』 「――それで、君はそれを黙って見ていたのかね」 『現地には7名の部下を派遣していたの。私はその場にいなかったわ』  ダンッ!  コンクリートで固められた白い壁を、力任せに男が叩く。 「あの場所が危険だということは、十分に理解出来ていたはずだ!」 『ええ、わかっているわミスタヨシザワ。これは完全にこちら側のミス。後処理が終わり次第、正当な賠償をするわ』 苛立つその男とは対照的に、電話の相手は極めて冷静な声を放つ。  相手の落ち着いた態度に感化されたのか、男の方もやがて冷静さを取り戻し、ベッドに座り込んでしばらく考え込んだ後に一つの提案を声にした。 「……3時間だ。それ以上の遅滞は契約違反とみなし、君達との取引はなかったことにさせてもらう」  その言葉を放った途端、今まで低姿勢を保ち続けていた相手の態度が急変する。 『あたし達との取引を破棄するですって?本気で言っているの?あの事件のことを話したら、また世界中のマスコミが貴方達の敵よ』 「なっ……!?」  嘲るような口調で言う相手のその言葉に反応して、吉沢の顔がみるみる青くなってゆく。  その狼狽ぶりを電話越しに感じとった相手の女性が、明るい口調で言葉を続ける。 『冗談よ。私達と貴方達は運命共同体――そうでしょう?』 「くっ!」 『話を元に戻すわ。彼らからディスクを取り戻すことは易いけれど、彼らに捕まった貴方の部下――ミスタタカハタを無事に保護するとなれば、三時間だけでは不可能だわ』 「君達にそんな器用な芸当が出来るとは思っておらんよ、中佐。気の毒だが、彼には気の毒なことになってもらう」 『OK』  ブツッ。  短い返事の後、電話が切られる。  男は携帯電話をテーブルの上に置いて、その脇にあるソファにどかっともたれかかった。 「……なんということだ……!」  右手で己の顔を覆い、男はどこまでも苦々しい顔をして、吐くようにうめいた。       * * * * *  ケンタッキー州 ポーリンググリーン都市 A.M.10:20  ガン!  頭を強かに壁に打ち付けられ、高幡直人の視界は一瞬真っ暗になった。 「もう一度聞くぞ、日本人。ディスクのパスワードを言え」 「……し……知らないってば!僕はそれをここへ持って来るよう、会社から言われただけだ!」  恐怖感よりも怒りの方が勝ったのか、部屋の中に誘拐されたという現状にも関わらず、高幡は大声で相手に向かい怒鳴り返した。瞬間、高幡の顔面目掛けて拳が飛んでくる。 「スマートじゃねえなあ」  衝撃音が部屋中に鳴り響くと同時に、部屋の片隅でキーボードを打ち続けている大柄の黒人男性が、振り向きもせずにぼそっと呟く。 「どけ、ニック」 「リーファン」  息を切らして興奮している、ニックと呼ばれた白人男性をどかし、代わりに黄色い肌をした髪の長い女性が高幡の前に立つ。 (東洋人……?)  彼女の肌の色と黒い髪の毛を見て、その言葉を連想する。 「!?」  突然、高幡の右膝に硬い何かが当たり、ごりっという音がした。  見ると、自分の右膝には一丁の銃が突きつけられていた。 「――!」 「おいリ―ファン」  後ろにいったニックが声を荒げる。だがそれには構わず、リーファンは淡々とした口調でがたがたと震えている高幡に向かい問うた。 「もう一回、同じ事を聞くぞ日本人。パスワードを言え」 「し……知らないって!嘘じゃない!僕は、ディスクをここに持って来るよう言われただけなんだ!」  ガキン。 高幡の叫びが終わると同時に撃鉄を起こし、何の躊躇いもなくリーファンは人差し指を動かした。 「――!」  ガゥン! 「!!」  大きな音を立てて、銃口が火を噴く。  強く目を瞑り、歯を食いしばるが……いつまで経っても、激しい痛みはやってこなかった。 「落ち着けリーファン!今ここでこいつを撃つのはまずい!」  しばらくして、うっすらと目を開けた高幡が見た光景は、先ほどまで高幡を殴り飛ばしていた白人男性が銃を握り締めている東洋人の女の腕を掴み上げ、彼女に向かい怒鳴っているものだった。  しかしその光景は一瞬にして変わった。女が腰を落とし、掴まれた腕を180°回して、ニックを地面に叩きつけたのである。 「チキンが、あたしに触るな」 「おいリーファン!」 それまで敢えて関わり合いを避けていた黒人の男が、リーファンに向かい怒声を発する。  リーファンはそれにも何の反応も示さず、代わりにニックに向かいにやりと薄笑いを浮かべた。 「……いや、違うな。お前、このジャップに惚れたろ?」  ぶっ!と高幡が吹き出すが、当のニックは怒りを表さず、代わりに気まずそうな顔をして、視線を床に向けた。 (冗談じゃない!)  体中に寒気を感じて、高幡の全身に鳥肌が立った。 「ボブ。パスワードは、自力で解けそうか?」  リーファンが視線を黒人男性に向けて問うと、彼は首を縦に振って答えた。 「ああ。なんとかいけそうだ」  ボブがそう答えると、リーファンは頷き、カチャッと銃に安全装置をかけた。 「OK。それじゃあ出番がくるまで、あたしは町で待機しているよ。何かあったらあたしの携帯に電話してくれ」  そう言うなりリーファンはタンスを開けて、ハンガーに掛けていた皮ジャンを身体に羽織った。 「じゃ、しっかりやれよ、二人とも」  ボブとニックの二人に向かいそう言い捨てて、彼女はこの部屋から出て行った。 (しっかり、って……)  扉が閉まり、人数が減ると、高幡はこれまでとは全く違う恐ろしさに身を震わせた。 「……なに、怯えてんだよ、コラ」  チッと舌打ちをして、ニックが高幡を睨みつける。 「え?あ……いや……」  ガン!  ニックが床を強く叩きつける。その瞬間、高幡の心臓は大きく脈打ち、全身が震え上がった。 「ニック。その日本人を連れてどっか行って来い。お前等がいると気が散ってかなわん」 「は!わかったよ!」  言うなり、ニックはハンガーから自分の上着を取り、更に高幡に彼が着ていた背広を投げて寄越した。 「行くぞ」  生粋の日本人である高幡が、日本のヤクザ以上にどすの利いたその声に抗えるはずもなかった。  A.M.10:30  パリイィィン!  背後で、ガラスが割れる音が響く。直後に人が殴られる鈍い音が聞こえてくる。テーブルが音を立てて壊れる音の後、大勢の歓声が絶え間なく聞こえてくる。 「ひどい所だな」  奢ってもらったグラスを片手に、顔をしかめて高幡が呟く。 「ここは囚人共の集まりだ。何処にも行き場のない連中が、職を求めてマンモスケープ近郊に寄ってたかってくる。こいつらはその中でも更にあぶれた者達だ。傭兵、麻薬中毒者、娼婦、殺し屋――どうしようもねえ無法者共の集まりさ」  そう言ってニックはブランデーの入ったグラスを傾け、中身を一瞬で空にした。  カラン。  空になったグラスをカウンターに置いて、ニックは高幡に目を向けた。 「俺やリーファン、ボブもその仲間だ。この町で生きていくためには、喧嘩は絶対必要なスキルなのさ」 「とんでもない話だ」  そう言ってから、高幡はふとニックに目を向けた。「あんたも犯罪者なのか?」 「知ってるか?この国じゃあ人を誘拐しただけでも犯罪になるんだぜ」 「ああ――」  己の立場を思い出し、高幡は首を左右に振った。「僕の国でもそうだよ」  ニックは口の端を吊り上げ、懐からコンパクトに折りたたんである銀色の携帯電話を取り出した。 「あ、それは――!」 「返すぜ」言って、ニックは高幡の手元にそれを放り投げた。 「ジャップ。これが最終通告だ。ディスクのパスワードを教えろ」 「だから、僕は知らないって――」 「お前が知っていなくても、お前にFDを渡したお前の上司は知っているはずだ。いいか、これはお前を思って言っているんだ。もしもお前が何か言う前にボブがパスワードを開いちまったら――お前に利用価値がないとわかっちまったら、奴ら何の躊躇いも無くお前を撃つぜ」 「!!」  ギクッとして、高幡は目を見開き大きく動揺した。 「パスワードを教えて今後二度と俺達と関わらないと誓うならば、俺はお前を逃がしてやってもいいと思っている。今が、お前が生きて帰れる最後のチャンスだ」 「……」  しばらく考え込んだ後に、高幡は顔を上げてニックの顔を直視した。 「どうしてあんたは、僕を助けようとしてくれるんだ?」 「……俺は、お前みたいな玉無しが嫌いなんだよ。とっととこの土地から追い出したい。ただそれだけだ」 「……」  高幡はその後もしばらくの間ニックの顔を見つめていたが、やがて寄越された携帯電話に視線を移し、パタパタと折りたたんでは閉じてを繰り返して手の中で弄んでいた。 (……)  やがて高幡は携帯電話の電話帳を開き、その中の番号を一つ選んで高幡はコールボタンを押した。  ……トゥルルルル、トゥルルルル……。  コール音が二、三度続いた後に、ようやくガチャッと電話が繋がる音がした。 「……あ……あの……部長ですか?僕です、営業一課の、高幡直人です」 『……高幡?貴様、無事だったのか』 「!こちらの事情をご存知だったんですか!?それなら話は早いです、部長――例のディスクを開くパスワードを、僕に教えて下さい!そうすれば、僕は――」 『残念だが高幡君。そんなディスク存在しないし、君は日本ではもう死んだことになっているんだ』 「………………は?」 『もうすぐ君の遺骨を受け取る者がそちらに到着する。真に気の毒ではあるが、会社のために死んでくれ』 「――ぶっ、部長!?ぶちょお――」 『君の葬儀には出席させてもらうよ。間違っても私を恨んで化けて出てこんでくれ』  ブツッ。ツーッ、ツーッ、ツーッ、ツーッ……。  通話の切れた携帯電話を握り締めた状態のまま、高幡はしばらくの間ピクリとも動かなかった。 「……見捨てられた……のか?」  その問いに答えず固まっている高幡を見て、ニックは深々と溜息をついた。  バン!  その瞬間、突然酒場の扉が音を立てて、威勢良く開けられる。  酒場にいた者達の大半が話すことを辞めてそちらに目を向けると、彼らの目に十何丁もの銃器と、ゴーグルとマスクを装着した迷彩服の男達が目に映った。 「ジャーップ!カウンターの中に飛び込め!」  叫びながら、ニックは未だ放心している高幡の首根っこをつかんでカウンターの中へと飛び込んだ。  ダダダダダダダダダダ! 「キャアーッ!」  それとほぼ同時に、酒場中に機関銃の音が鳴り響く。悲鳴、怒声、断末魔――それらの叫び声が酒場の入り口から幾つも聞こえてくる。 「ななななんだ!?一体どうなっているんだ!?」 「シット!」  頭を地面に強かに打ち、ようやく我に戻った高幡が事態の説明をニックに求めるが、彼はそれには応えず汚い言葉を大声で叫んだ。 「おいニック!あいつらは一体なんなんだ!?」 「俺達の共通の敵だ!」  同じようにしてカウンターの下に隠れていた酒場のマスターがニックに問うと、彼は酒場中に響き渡るように、大声でそう言い放った。  ダダダダダダダダダダ! 「チイッ!」  店のグラスや、食器などが割れ、無数のガラスの破片が高幡とニックの頭上に降りかかってくる。 「ニーック!テメエ、なんか俺に嘘ついてねえか!?」  両手を頭の上にやり、ガラスの破片等から身を守りながらマスターがニックに向かい怒鳴りつける。 「奴らの標的が俺達全員だってことに変わりないだろう!?」 「やっぱりそうか!テメエの厄介事を俺の店にまで持ち込みやがって!数日内にまとまった金を持って来なけりゃあ、テメエのケツの穴をもう一個増やしてやる!」 「OKまずはここから生き延びることが先決だ!行くぜ3,2,1――」  ジャカジャカッ!  酒場のマスターとニックが同時に懐から銃を抜き、カウンター越しに頭を出して標的に狙いを定める。 「くたばれクレイジー共!」 「ファック・ユー!」  ダンダンダン!  ダダダダダ!  2・3発適当に撃った後にすぐに銃器を向けられ、二人は慌てて首を引っ込めた。 「危ねえー!」 「なんだあの長い銃筒は反則だろう!錆付いたリボルバーじゃ話にもならん!」 「……あ……、ああ…………!」  不平を叫び合う二人とは別に、高幡だけはその場に硬直してしまい、一歩も動けずただガタガタと震えていた。 (冗談――冗談じゃない!こんな所で死んでたまるか!僕は生きて日本に帰るんだ!そして、何事もなかったかのようにまた会社で働くんだ!)  やがて理性の一部を取り戻すと、きょろきょろと辺りを見渡した。そして少しして、高幡は荒らされた戸棚の裏側に一つの扉を発見した。 (あそこに行けば――!)  四つん這いの状態のまま、高幡はその扉目指して一直線に向かっていった。 「!ヘイジャップ!俺の側から離れるな!」  それに気づいたニックが、高幡に向かい叫ぶ。 「悪いけど、僕にその気はないんだよ!」  叫び返して高幡は更に速度を速めた。 「おいイエロー!俺の酒蔵に行って何をする気だ!?」 「え――?」  マスターの言葉に反応して、高幡の動きが一瞬止まる。 「ジャーップ!上だ!」 「!?」  その瞬間にニックが放った大声に反応して、上を向く。その瞬間――高幡の視界に、黒くて丸い筒が目に映った。 「あ……」 ドンドンッ!  高幡の目の前で、でかい銃声音が鳴り響く。  しばらくしてからその筒は高幡の額にぶつかり、近くの地面に落ちた。 「ぼーっとしてんじゃねえ!」  それと同時に頭上から、若い女の大声が響いてくる。  高幡が顔を上げようとした瞬間、黒光りする一丁の拳銃が上から降ってきた。 「安全装置は外してある。生き残りたきゃあテメエの身はテメエで守れ!」 「リーファン!」  彼女を見つけたニックが、驚嘆の声を上げる。「お前、いつからこの店にいたんだ!?」 「お前等が入ってくる前だよ!」  ダダダダダ!  叫び返しながらリーファンは高幡の足元に落ちていた機関銃を奪い、振り返ると同時にそれをがむしゃらに乱射した。 「うわあっ!無茶をするなリーファン!」  酒場のマスターの言葉を無視して、リーファンは横目でニックを睨んだ。 「ヘイニック!あたしが道を作ってやる!お前はこの腰抜けの日本人を連れて店から出ろ!」 「OK!」 「えっ!?」  不意に腕をつかまれ、高幡はいつの間にか自分の近くまで来ていたニックと共に、カウンターの外へと飛び出した。  安全地帯から抜け出した途端、今までは視界に映らなかった死体の山が、突然高幡の目に映る。それ以上に高幡を驚かせたのは、二人から5mと距離の無い場所にまだ何人もの敵兵達が生き残っており、その内の2人がこちらに向かい銃口を向けていると言う、現状だった。 「わああああ!!」 「喚くなバカ!」  叫びながら、ニックが銃を撃つ。だが体勢が悪かったせいかそれらの弾は1人の体に命 中しただけで、残る1人の敵にはかすりもしなかった。 「チッ!」  ダダダダダダダダ!  残った1つの銃口が高幡とニックに向けて火を噴く。ニックは咄嗟に近くにあったテーブルを蹴って盾代わりにし、高幡を抱えたまま腰を低くして地を蹴った。 「Dead us fuck’n fried chick’n buster!」  それとほぼ同時に、リーファンの叫び声が後ろから聞こえてくる。高幡とニックに向けて銃を打ち込んでいた二人の男が、その瞬間頭や肩などを数箇所撃たれて大きく後ろに吹き飛んだ。 「走るぞジャップ!」 「あああああ」  奇跡的に無傷だった二人は、その後腰を低くしながら弾が行き交う戦場を走った。  その途中、前いた場所付近から、楽しそうな女性の大声と銃声が二人の耳にも届いてきた。 「ヘイ!これからがパーティータイムだぜ、ろくでなし共!頭のイカれた戦争屋共に、それ以上にキレたあたしらのやり方を見せてやりな!」 『おおお!!』  そのリーファンの呼びかけに呼応して、周囲の殺気が一気に増した。 「なっ……なんだ、こいつらは!?」  一瞬にして空気が変わる。それを不気味に感じた迷彩服の男達が、悲鳴声にも似た声を上げる。 「Yo‐rieh! Come・on・dance!」  ダダダダダダダダダダダダダダダ!!  楽しそうに口元を歪めながらリーファンは両手の脇に各一丁ずつ機関銃を装備し、ほとんど敵味方問わず四方八方に銃弾を飛ばし続けた。 「危ねえ!あのクレイジーが、もっとスマートに援護出来ねえのかよ!」  高幡を抱えながら、ニックが吐き捨てるように叫ぶ。  それでもどうにか銃を発砲しながら、ニックと高幡の二人は玄関の近くまでたどり着いた。  ドォンドォン!  真正面にいた男の頭をニックが撃ち抜き、死んだその男の死体を引き寄せて、ニックは足を遅めてそれを高幡に押し付けた。 「へ!?うわあああ!」 「ヘイジャップ!を預けてやるから、お前は一足先に出口まで走り抜けろ!」 「って――」  頭の一部が欠けている男を一瞬見て、高幡はまた目をそむけた。 「いいから早く行け!心配しなくても、お前が死なないよう後ろから俺が援護してやる!」 「そんなこと言ったって――ニック!死体の体が邪魔で、これじゃ視界が遮られて前が見えないよ!」  ニックに叱咤され、高幡は死体に対する恐怖心を一時片隅に追いやって、代わりにニックに向かいそのこと以外の泣き言を大声で叫んだ。 「それでいいんだ!俺が援護するから、お前はただ前に向かって走ればいい!いいか、突破口はお前が作るんだ!」 「――!」  チュイン。  更に泣き言を言おうとした瞬間、背後からの銃弾が高幡の頬をかすめた。 「これ以上ここに止まっていると危険だ!行け!走れジャップ!」 「うっ……、うわああああああああああ!」  しばらく逡巡した後に、高幡は死体を盾にして出口に向かい、一直線に走り始めた。  ダダダダダダダダダダダダダダ!  ドンドンドンドンドンドンドン!  自分に向けて、様々な方向から銃声と怒声が聞こえてくる。それらを気にせず、ただがむしゃらになって前に向かい走り続けた。  盾にしている死体に様々な方向から弾が被弾して、高幡はその都度衝撃を受けてバランスを崩しそうになったが、正しく藁にもすがるような思いで穴あきチーズのようになった後もその肉の塊を離さず、ただ前へ向かい走り続けた。  ジャカッ! 「bitch!」  パァン!  リロード中に目の前を通り過ぎていった東洋人の男を追い、その男は無防備な東洋人の背中に標準を合わせた。だがその瞬間男の頭部が破裂して、脳髄を辺りに撒き散らしがっくりと膝を折った。 「あのジャップ――まるでカミカゼだな!」 「クズにはクズなりに使い道があるってとこか。ファシズムもあながち馬鹿にゃ出来ねえかもな」  銃を構えながら嬉しそうに叫ぶニックの言葉に、追いついてきたリーファンが頷く。  そしてニックは敵に向けてまた発砲し、今や敵中の的と化している高幡を援護しながら、腰を浮かせた。 「リーファン、そろそろ俺らも続くぜ!」 「Ok!」  叫び、二人は同時に立ち上がり辺りに乱射しながら、高幡の背を追った。  一方、当の高幡本人は視界不良のため、自分がどこを走っているのかわからない状態のまま、死の恐怖を身近に感じていた。 (死ぬ!死ぬ!死ぬ!!)  心の中でそう叫んでいる今も、頬に、胴に、腕に、足に、幾らかの銃がかすめていた。二人が援護をきちんと果たしてくれているのか、はたまた高幡本人の運が良いのか。幸いまともに被弾したことは一度もなかったが、そろそろその言葉にも現実味が出始めてきた頃、彼は既に出口と目と鼻の先にいた。  ガン! 「ッ!?」  真っ直ぐに走り、玄関から出かかった瞬間、盾にしていたモノが扉の縁に強くぶつかった。何が起きたのか全くわからなかった高幡は衝撃にバランスを崩し、ギュッと握り締めていた衣服を引き裂き、そのまま外へと向かいごろごろと転がっていった。 「――!」 高幡の身体が二転、三転する。未だに自分の身に何が起こったのか理解出来ていない高幡は、身体が止まると同時に両手を地につけて、慌てて顔を上に上げた。  ゴリッ。  その瞬間――硬い棒の様な物が、高幡のこめかみに押し付けられた。 「御苦労さん。店から出てこれたのは、お前さんが一人目だ」 「あ……」  両手を挙げて、恐る恐るそちらの方を見てみると、間近に迷彩服を着た男がいた。 「伏せろ!ジャーップ!」 「――!?」  その男がトリガーを引こうとした瞬間、町の方から誰かの叫ぶ声が聞こえてきた。高幡の頭は『理解』するよりも早く、それは瞬時に下に動いた。  ドンドンドンッ! 重い銃声音が幾つも鳴り響く――。そして、しばらく経って再び目を開け頭を上げた高幡の視界に映ったものは、一台のジープと、それに乗っている一人の見知った黒人だった。 「乗れ、ジャップ!」 「ボブ!」  高幡がその名前を希望に満ちた声で叫ぶと、その黒人は口元を歪めて軽く手を振り、彼に早く車に乗り込むよう指示した。 「助かった!ニックとリーファンは――」  ダダダダダダダダダ!  バンバンバンバンバン!   高幡の言葉の後半部分は、酒場の中から聞こえてくる銃声音によってほとんどかき消された。 「へい、ジャップ!ニックとリーファンはあの酒場の中か!?」 「そうだよ!」  叫び返しながら高幡が後部席に駆け込む。 パンパンパン! その途端、近くから一段と甲高い銃声音が響いてきた。二人がハッとしてそちらに目を向けると、彼らの視界に一人の白人男性の姿が目に映った。 「ニック!」 「どうやら、あいつも無事逃げてこれたみたいだな」  二人が安堵の溜息をつくと、ニックも一台のジープの姿に気がつき、それに向かい一直線に走ってきた。 「ボブ!いいタイミングだぜ!」 「ニック!右に寄れ!」 ボブが叫ぶと、ニックは咄嗟に反応して向かって右側に跳躍した。その途端、後ろから彼を追っていた男は思いがけぬ方向から銃弾を受けて、大きく後ろに仰け反った。  ニックはその後も後ろを振り返らず走り、ボブはニックが車の中に入り込むまで警戒を怠らなかったが、幸いそれ以降迷彩服を着た男達が酒場の外に出てくることはなかった。 「よくここがわかったな!」  大回りして助手席に乗り込んだニックが、ボブに向かいそう叫ぶ。 「それほど選択肢がなかったからな。それよりニック、リーファンはどうした?」 「リーファン?」  そう言って、ニックが辺りを見渡す。 「一緒に抜け出す予定だったのか?」 「ああ――」  応え、みるみるニックの顔が青くなる。 「……あまり、この場に長居する事は出来んぞ。こっちでも少し無茶をしたもんでな」  車のエンジンを噴かした状態のまま、ボブが二人に言い聞かせるようにして言う。 「あの馬鹿――」  ニックが毒づいた瞬間  ドォン!! 「!?」  酒場から、突然大きな爆発音が鳴り響いた。そして、酒場が炎に包み込まれ始める。 「……え……!?」 「リーファン!」  突然の事態に呆然とする高幡の前で、より一層顔を青くさせたニックが車のドアから身体を乗り出す。 「ちっ!」  ヴァンッ!  怒鳴り、ボブは炎に向かい車を急発進させた。 「あ、ぐっ!……ボブ!?」  突然の衝撃に耐え切れず、背中をシートに強かに打ちつけた高幡が彼に向かい抗議する。  だがそれには取り合わず、ボブは車を炎に取り囲まれた酒場へと向かい、猛スピードで走らせた。 「……うわあああ――!」  炎が間近まで迫った瞬間、高幡は咄嗟に頭を埋めて身を丸くした。 「どけえ!」 「えっ――!?」  ガンッ!  その瞬間、何かが高幡の体に向かい上から降ってきた。 「痛っ!?」 突然の衝撃に驚き、ふと目を見開くと、高幡の視界に白い太股が目に映った。    Dead or Alive            プラム正浩  セントラルパーク・サウス A.M.10:00  プラザ 『510』号室―― 「ディスクが奪われただと!?」  紺の背広を着た中年の日本人男性は、声を荒げて電話の内容を繰り返した。 『ええ。地元のチンピラ連中にね』 「――それで、君はそれを黙って見ていたのかね」 『現地には7名の部下を派遣していたの。私はその場にいなかったわ』  ダンッ!  コンクリートで固められた白い壁を、力任せに男が叩く。 「あの場所が危険だということは、十分に理解出来ていたはずだ!」 『ええ、わかっているわミスタヨシザワ。これは完全にこちら側のミス。後処理が終わり次第、正当な賠償をするわ』 苛立つその男とは対照的に、電話の相手は極めて冷静な声を放つ。  相手の落ち着いた態度に感化されたのか、男の方もやがて冷静さを取り戻し、ベッドに座り込んでしばらく考え込んだ後に一つの提案を声にした。 「……3時間だ。それ以上の遅滞は契約違反とみなし、君達との取引はなかったことにさせてもらう」  その言葉を放った途端、今まで低姿勢を保ち続けていた相手の態度が急変する。 『あたし達との取引を破棄するですって?本気で言っているの?あの事件のことを話したら、また世界中のマスコミが貴方達の敵よ』 「なっ……!?」  嘲るような口調で言う相手のその言葉に反応して、吉沢の顔がみるみる青くなってゆく。  その狼狽ぶりを電話越しに感じとった相手の女性が、明るい口調で言葉を続ける。 『冗談よ。私達と貴方達は運命共同体――そうでしょう?』 「くっ!」 『話を元に戻すわ。彼らからディスクを取り戻すことは易いけれど、彼らに捕まった貴方の部下――ミスタタカハタを無事に保護するとなれば、三時間だけでは不可能だわ』 「君達にそんな器用な芸当が出来るとは思っておらんよ、中佐。気の毒だが、彼には気の毒なことになってもらう」 『OK』  ブツッ。  短い返事の後、電話が切られる。  男は携帯電話をテーブルの上に置いて、その脇にあるソファにどかっともたれかかった。 「……なんということだ……!」  右手で己の顔を覆い、男はどこまでも苦々しい顔をして、吐くようにうめいた。       * * * * *  ケンタッキー州 ポーリンググリーン都市 A.M.10:20  ガン!  頭を強かに壁に打ち付けられ、高幡直人の視界は一瞬真っ暗になった。 「もう一度聞くぞ、日本人。ディスクのパスワードを言え」 「……し……知らないってば!僕はそれをここへ持って来るよう、会社から言われただけだ!」  恐怖感よりも怒りの方が勝ったのか、部屋の中に誘拐されたという現状にも関わらず、高幡は大声で相手に向かい怒鳴り返した。瞬間、高幡の顔面目掛けて拳が飛んでくる。 「スマートじゃねえなあ」  衝撃音が部屋中に鳴り響くと同時に、部屋の片隅でキーボードを打ち続けている大柄の黒人男性が、振り向きもせずにぼそっと呟く。 「どけ、ニック」 「リーファン」  息を切らして興奮している、ニックと呼ばれた白人男性をどかし、代わりに黄色い肌をした髪の長い女性が高幡の前に立つ。 (東洋人……?)  彼女の肌の色と黒い髪の毛を見て、その言葉を連想する。 「!?」  突然、高幡の右膝に硬い何かが当たり、ごりっという音がした。  見ると、自分の右膝には一丁の銃が突きつけられていた。 「――!」 「おいリ―ファン」  後ろにいったニックが声を荒げる。だがそれには構わず、リーファンは淡々とした口調でがたがたと震えている高幡に向かい問うた。 「もう一回、同じ事を聞くぞ日本人。パスワードを言え」 「し……知らないって!嘘じゃない!僕は、ディスクをここに持って来るよう言われただけなんだ!」  ガキン。 高幡の叫びが終わると同時に撃鉄を起こし、何の躊躇いもなくリーファンは人差し指を動かした。 「――!」  ガゥン! 「!!」  大きな音を立てて、銃口が火を噴く。  強く目を瞑り、歯を食いしばるが……いつまで経っても、激しい痛みはやってこなかった。 「落ち着けリーファン!今ここでこいつを撃つのはまずい!」  しばらくして、うっすらと目を開けた高幡が見た光景は、先ほどまで高幡を殴り飛ばしていた白人男性が銃を握り締めている東洋人の女の腕を掴み上げ、彼女に向かい怒鳴っているものだった。  しかしその光景は一瞬にして変わった。女が腰を落とし、掴まれた腕を180°回して、ニックを地面に叩きつけたのである。 「チキンが、あたしに触るな」 「おいリーファン!」 それまで敢えて関わり合いを避けていた黒人の男が、リーファンに向かい怒声を発する。  リーファンはそれにも何の反応も示さず、代わりにニックに向かいにやりと薄笑いを浮かべた。 「……いや、違うな。お前、このジャップに惚れたろ?」  ぶっ!と高幡が吹き出すが、当のニックは怒りを表さず、代わりに気まずそうな顔をして、視線を床に向けた。 (冗談じゃない!)  体中に寒気を感じて、高幡の全身に鳥肌が立った。 「ボブ。パスワードは、自力で解けそうか?」  リーファンが視線を黒人男性に向けて問うと、彼は首を縦に振って答えた。 「ああ。なんとかいけそうだ」  ボブがそう答えると、リーファンは頷き、カチャッと銃に安全装置をかけた。 「OK。それじゃあ出番がくるまで、あたしは町で待機しているよ。何かあったらあたしの携帯に電話してくれ」  そう言うなりリーファンはタンスを開けて、ハンガーに掛けていた皮ジャンを身体に羽織った。 「じゃ、しっかりやれよ、二人とも」  ボブとニックの二人に向かいそう言い捨てて、彼女はこの部屋から出て行った。 (しっかり、って……)  扉が閉まり、人数が減ると、高幡はこれまでとは全く違う恐ろしさに身を震わせた。 「……なに、怯えてんだよ、コラ」  チッと舌打ちをして、ニックが高幡を睨みつける。 「え?あ……いや……」  ガン!  ニックが床を強く叩きつける。その瞬間、高幡の心臓は大きく脈打ち、全身が震え上がった。 「ニック。その日本人を連れてどっか行って来い。お前等がいると気が散ってかなわん」 「は!わかったよ!」  言うなり、ニックはハンガーから自分の上着を取り、更に高幡に彼が着ていた背広を投げて寄越した。 「行くぞ」  生粋の日本人である高幡が、日本のヤクザ以上にどすの利いたその声に抗えるはずもなかった。  A.M.10:30  パリイィィン!  背後で、ガラスが割れる音が響く。直後に人が殴られる鈍い音が聞こえてくる。テーブルが音を立てて壊れる音の後、大勢の歓声が絶え間なく聞こえてくる。 「ひどい所だな」  奢ってもらったグラスを片手に、顔をしかめて高幡が呟く。 「ここは囚人共の集まりだ。何処にも行き場のない連中が、職を求めてマンモスケープ近郊に寄ってたかってくる。こいつらはその中でも更にあぶれた者達だ。傭兵、麻薬中毒者、娼婦、殺し屋――どうしようもねえ無法者共の集まりさ」  そう言ってニックはブランデーの入ったグラスを傾け、中身を一瞬で空にした。  カラン。  空になったグラスをカウンターに置いて、ニックは高幡に目を向けた。 「俺やリーファン、ボブもその仲間だ。この町で生きていくためには、喧嘩は絶対必要なスキルなのさ」 「とんでもない話だ」  そう言ってから、高幡はふとニックに目を向けた。「あんたも犯罪者なのか?」 「知ってるか?この国じゃあ人を誘拐しただけでも犯罪になるんだぜ」 「ああ――」  己の立場を思い出し、高幡は首を左右に振った。「僕の国でもそうだよ」  ニックは口の端を吊り上げ、懐からコンパクトに折りたたんである銀色の携帯電話を取り出した。 「あ、それは――!」 「返すぜ」言って、ニックは高幡の手元にそれを放り投げた。 「ジャップ。これが最終通告だ。ディスクのパスワードを教えろ」 「だから、僕は知らないって――」 「お前が知っていなくても、お前にFDを渡したお前の上司は知っているはずだ。いいか、これはお前を思って言っているんだ。もしもお前が何か言う前にボブがパスワードを開いちまったら――お前に利用価値がないとわかっちまったら、奴ら何の躊躇いも無くお前を撃つぜ」 「!!」  ギクッとして、高幡は目を見開き大きく動揺した。 「パスワードを教えて今後二度と俺達と関わらないと誓うならば、俺はお前を逃がしてやってもいいと思っている。今が、お前が生きて帰れる最後のチャンスだ」 「……」  しばらく考え込んだ後に、高幡は顔を上げてニックの顔を直視した。 「どうしてあんたは、僕を助けようとしてくれるんだ?」 「……俺は、お前みたいな玉無しが嫌いなんだよ。とっととこの土地から追い出したい。ただそれだけだ」 「……」  高幡はその後もしばらくの間ニックの顔を見つめていたが、やがて寄越された携帯電話に視線を移し、パタパタと折りたたんでは閉じてを繰り返して手の中で弄んでいた。 (……)  やがて高幡は携帯電話の電話帳を開き、その中の番号を一つ選んで高幡はコールボタンを押した。  ……トゥルルルル、トゥルルルル……。  コール音が二、三度続いた後に、ようやくガチャッと電話が繋がる音がした。 「……あ……あの……部長ですか?僕です、営業一課の、高幡直人です」 『……高幡?貴様、無事だったのか』 「!こちらの事情をご存知だったんですか!?それなら話は早いです、部長――例のディスクを開くパスワードを、僕に教えて下さい!そうすれば、僕は――」 『残念だが高幡君。そんなディスク存在しないし、君は日本ではもう死んだことになっているんだ』 「………………は?」 『もうすぐ君の遺骨を受け取る者がそちらに到着する。真に気の毒ではあるが、会社のために死んでくれ』 「――ぶっ、部長!?ぶちょお――」 『君の葬儀には出席させてもらうよ。間違っても私を恨んで化けて出てこんでくれ』  ブツッ。ツーッ、ツーッ、ツーッ、ツーッ……。  通話の切れた携帯電話を握り締めた状態のまま、高幡はしばらくの間ピクリとも動かなかった。 「……見捨てられた……のか?」  その問いに答えず固まっている高幡を見て、ニックは深々と溜息をついた。  バン!  その瞬間、突然酒場の扉が音を立てて、威勢良く開けられる。  酒場にいた者達の大半が話すことを辞めてそちらに目を向けると、彼らの目に十何丁もの銃器と、ゴーグルとマスクを装着した迷彩服の男達が目に映った。 「ジャーップ!カウンターの中に飛び込め!」  叫びながら、ニックは未だ放心している高幡の首根っこをつかんでカウンターの中へと飛び込んだ。  ダダダダダダダダダダ! 「キャアーッ!」  それとほぼ同時に、酒場中に機関銃の音が鳴り響く。悲鳴、怒声、断末魔――それらの叫び声が酒場の入り口から幾つも聞こえてくる。 「ななななんだ!?一体どうなっているんだ!?」 「シット!」  頭を地面に強かに打ち、ようやく我に戻った高幡が事態の説明をニックに求めるが、彼はそれには応えず汚い言葉を大声で叫んだ。 「おいニック!あいつらは一体なんなんだ!?」 「俺達の共通の敵だ!」  同じようにしてカウンターの下に隠れていた酒場のマスターがニックに問うと、彼は酒場中に響き渡るように、大声でそう言い放った。  ダダダダダダダダダダ! 「チイッ!」  店のグラスや、食器などが割れ、無数のガラスの破片が高幡とニックの頭上に降りかかってくる。 「ニーック!テメエ、なんか俺に嘘ついてねえか!?」  両手を頭の上にやり、ガラスの破片等から身を守りながらマスターがニックに向かい怒鳴りつける。 「奴らの標的が俺達全員だってことに変わりないだろう!?」 「やっぱりそうか!テメエの厄介事を俺の店にまで持ち込みやがって!数日内にまとまった金を持って来なけりゃあ、テメエのケツの穴をもう一個増やしてやる!」 「OKまずはここから生き延びることが先決だ!行くぜ3,2,1――」  ジャカジャカッ!  酒場のマスターとニックが同時に懐から銃を抜き、カウンター越しに頭を出して標的に狙いを定める。 「くたばれクレイジー共!」 「ファック・ユー!」  ダンダンダン!  ダダダダダ!  2・3発適当に撃った後にすぐに銃器を向けられ、二人は慌てて首を引っ込めた。 「危ねえー!」 「なんだあの長い銃筒は反則だろう!錆付いたリボルバーじゃ話にもならん!」 「……あ……、ああ…………!」  不平を叫び合う二人とは別に、高幡だけはその場に硬直してしまい、一歩も動けずただガタガタと震えていた。 (冗談――冗談じゃない!こんな所で死んでたまるか!僕は生きて日本に帰るんだ!そして、何事もなかったかのようにまた会社で働くんだ!)  やがて理性の一部を取り戻すと、きょろきょろと辺りを見渡した。そして少しして、高幡は荒らされた戸棚の裏側に一つの扉を発見した。 (あそこに行けば――!)  四つん這いの状態のまま、高幡はその扉目指して一直線に向かっていった。 「!ヘイジャップ!俺の側から離れるな!」  それに気づいたニックが、高幡に向かい叫ぶ。 「悪いけど、僕にその気はないんだよ!」  叫び返して高幡は更に速度を速めた。 「おいイエロー!俺の酒蔵に行って何をする気だ!?」 「え――?」  マスターの言葉に反応して、高幡の動きが一瞬止まる。 「ジャーップ!上だ!」 「!?」  その瞬間にニックが放った大声に反応して、上を向く。その瞬間――高幡の視界に、黒くて丸い筒が目に映った。 「あ……」 ドンドンッ!  高幡の目の前で、でかい銃声音が鳴り響く。  しばらくしてからその筒は高幡の額にぶつかり、近くの地面に落ちた。 「ぼーっとしてんじゃねえ!」  それと同時に頭上から、若い女の大声が響いてくる。  高幡が顔を上げようとした瞬間、黒光りする一丁の拳銃が上から降ってきた。 「安全装置は外してある。生き残りたきゃあテメエの身はテメエで守れ!」 「リーファン!」  彼女を見つけたニックが、驚嘆の声を上げる。「お前、いつからこの店にいたんだ!?」 「お前等が入ってくる前だよ!」  ダダダダダ!  叫び返しながらリーファンは高幡の足元に落ちていた機関銃を奪い、振り返ると同時にそれをがむしゃらに乱射した。 「うわあっ!無茶をするなリーファン!」  酒場のマスターの言葉を無視して、リーファンは横目でニックを睨んだ。 「ヘイニック!あたしが道を作ってやる!お前はこの腰抜けの日本人を連れて店から出ろ!」 「OK!」 「えっ!?」  不意に腕をつかまれ、高幡はいつの間にか自分の近くまで来ていたニックと共に、カウンターの外へと飛び出した。  安全地帯から抜け出した途端、今までは視界に映らなかった死体の山が、突然高幡の目に映る。それ以上に高幡を驚かせたのは、二人から5mと距離の無い場所にまだ何人もの敵兵達が生き残っており、その内の2人がこちらに向かい銃口を向けていると言う、現状だった。 「わああああ!!」 「喚くなバカ!」  叫びながら、ニックが銃を撃つ。だが体勢が悪かったせいかそれらの弾は1人の体に命 中しただけで、残る1人の敵にはかすりもしなかった。 「チッ!」  ダダダダダダダダ!  残った1つの銃口が高幡とニックに向けて火を噴く。ニックは咄嗟に近くにあったテーブルを蹴って盾代わりにし、高幡を抱えたまま腰を低くして地を蹴った。 「Dead us fuck’n fried chick’n buster!」  それとほぼ同時に、リーファンの叫び声が後ろから聞こえてくる。高幡とニックに向けて銃を打ち込んでいた二人の男が、その瞬間頭や肩などを数箇所撃たれて大きく後ろに吹き飛んだ。 「走るぞジャップ!」 「あああああ」  奇跡的に無傷だった二人は、その後腰を低くしながら弾が行き交う戦場を走った。  その途中、前いた場所付近から、楽しそうな女性の大声と銃声が二人の耳にも届いてきた。 「ヘイ!これからがパーティータイムだぜ、ろくでなし共!頭のイカれた戦争屋共に、それ以上にキレたあたしらのやり方を見せてやりな!」 『おおお!!』  そのリーファンの呼びかけに呼応して、周囲の殺気が一気に増した。 「なっ……なんだ、こいつらは!?」  一瞬にして空気が変わる。それを不気味に感じた迷彩服の男達が、悲鳴声にも似た声を上げる。 「Yo‐rieh! Come・on・dance!」  ダダダダダダダダダダダダダダダ!!  楽しそうに口元を歪めながらリーファンは両手の脇に各一丁ずつ機関銃を装備し、ほとんど敵味方問わず四方八方に銃弾を飛ばし続けた。 「危ねえ!あのクレイジーが、もっとスマートに援護出来ねえのかよ!」  高幡を抱えながら、ニックが吐き捨てるように叫ぶ。  それでもどうにか銃を発砲しながら、ニックと高幡の二人は玄関の近くまでたどり着いた。  ドォンドォン!  真正面にいた男の頭をニックが撃ち抜き、死んだその男の死体を引き寄せて、ニックは足を遅めてそれを高幡に押し付けた。 「へ!?うわあああ!」 「ヘイジャップ!を預けてやるから、お前は一足先に出口まで走り抜けろ!」 「って――」  頭の一部が欠けている男を一瞬見て、高幡はまた目をそむけた。 「いいから早く行け!心配しなくても、お前が死なないよう後ろから俺が援護してやる!」 「そんなこと言ったって――ニック!死体の体が邪魔で、これじゃ視界が遮られて前が見えないよ!」  ニックに叱咤され、高幡は死体に対する恐怖心を一時片隅に追いやって、代わりにニックに向かいそのこと以外の泣き言を大声で叫んだ。 「それでいいんだ!俺が援護するから、お前はただ前に向かって走ればいい!いいか、突破口はお前が作るんだ!」 「――!」  チュイン。  更に泣き言を言おうとした瞬間、背後からの銃弾が高幡の頬をかすめた。 「これ以上ここに止まっていると危険だ!行け!走れジャップ!」 「うっ……、うわああああああああああ!」  しばらく逡巡した後に、高幡は死体を盾にして出口に向かい、一直線に走り始めた。  ダダダダダダダダダダダダダダ!  ドンドンドンドンドンドンドン!  自分に向けて、様々な方向から銃声と怒声が聞こえてくる。それらを気にせず、ただがむしゃらになって前に向かい走り続けた。  盾にしている死体に様々な方向から弾が被弾して、高幡はその都度衝撃を受けてバランスを崩しそうになったが、正しく藁にもすがるような思いで穴あきチーズのようになった後もその肉の塊を離さず、ただ前へ向かい走り続けた。  ジャカッ! 「bitch!」  パァン!  リロード中に目の前を通り過ぎていった東洋人の男を追い、その男は無防備な東洋人の背中に標準を合わせた。だがその瞬間男の頭部が破裂して、脳髄を辺りに撒き散らしがっくりと膝を折った。 「あのジャップ――まるでカミカゼだな!」 「クズにはクズなりに使い道があるってとこか。ファシズムもあながち馬鹿にゃ出来ねえかもな」  銃を構えながら嬉しそうに叫ぶニックの言葉に、追いついてきたリーファンが頷く。  そしてニックは敵に向けてまた発砲し、今や敵中の的と化している高幡を援護しながら、腰を浮かせた。 「リーファン、そろそろ俺らも続くぜ!」 「Ok!」  叫び、二人は同時に立ち上がり辺りに乱射しながら、高幡の背を追った。  一方、当の高幡本人は視界不良のため、自分がどこを走っているのかわからない状態のまま、死の恐怖を身近に感じていた。 (死ぬ!死ぬ!死ぬ!!)  心の中でそう叫んでいる今も、頬に、胴に、腕に、足に、幾らかの銃がかすめていた。二人が援護をきちんと果たしてくれているのか、はたまた高幡本人の運が良いのか。幸いまともに被弾したことは一度もなかったが、そろそろその言葉にも現実味が出始めてきた頃、彼は既に出口と目と鼻の先にいた。  ガン! 「ッ!?」  真っ直ぐに走り、玄関から出かかった瞬間、盾にしていたモノが扉の縁に強くぶつかった。何が起きたのか全くわからなかった高幡は衝撃にバランスを崩し、ギュッと握り締めていた衣服を引き裂き、そのまま外へと向かいごろごろと転がっていった。 「――!」 高幡の身体が二転、三転する。未だに自分の身に何が起こったのか理解出来ていない高幡は、身体が止まると同時に両手を地につけて、慌てて顔を上に上げた。  ゴリッ。  その瞬間――硬い棒の様な物が、高幡のこめかみに押し付けられた。 「御苦労さん。店から出てこれたのは、お前さんが一人目だ」 「あ……」  両手を挙げて、恐る恐るそちらの方を見てみると、間近に迷彩服を着た男がいた。 「伏せろ!ジャーップ!」 「――!?」  その男がトリガーを引こうとした瞬間、町の方から誰かの叫ぶ声が聞こえてきた。高幡の頭は『理解』するよりも早く、それは瞬時に下に動いた。  ドンドンドンッ! 重い銃声音が幾つも鳴り響く――。そして、しばらく経って再び目を開け頭を上げた高幡の視界に映ったものは、一台のジープと、それに乗っている一人の見知った黒人だった。 「乗れ、ジャップ!」 「ボブ!」  高幡がその名前を希望に満ちた声で叫ぶと、その黒人は口元を歪めて軽く手を振り、彼に早く車に乗り込むよう指示した。 「助かった!ニックとリーファンは――」  ダダダダダダダダダ!  バンバンバンバンバン!   高幡の言葉の後半部分は、酒場の中から聞こえてくる銃声音によってほとんどかき消された。 「へい、ジャップ!ニックとリーファンはあの酒場の中か!?」 「そうだよ!」  叫び返しながら高幡が後部席に駆け込む。 パンパンパン! その途端、近くから一段と甲高い銃声音が響いてきた。二人がハッとしてそちらに目を向けると、彼らの視界に一人の白人男性の姿が目に映った。 「ニック!」 「どうやら、あいつも無事逃げてこれたみたいだな」  二人が安堵の溜息をつくと、ニックも一台のジープの姿に気がつき、それに向かい一直線に走ってきた。 「ボブ!いいタイミングだぜ!」 「ニック!右に寄れ!」 ボブが叫ぶと、ニックは咄嗟に反応して向かって右側に跳躍した。その途端、後ろから彼を追っていた男は思いがけぬ方向から銃弾を受けて、大きく後ろに仰け反った。  ニックはその後も後ろを振り返らず走り、ボブはニックが車の中に入り込むまで警戒を怠らなかったが、幸いそれ以降迷彩服を着た男達が酒場の外に出てくることはなかった。 「よくここがわかったな!」  大回りして助手席に乗り込んだニックが、ボブに向かいそう叫ぶ。 「それほど選択肢がなかったからな。それよりニック、リーファンはどうした?」 「リーファン?」  そう言って、ニックが辺りを見渡す。 「一緒に抜け出す予定だったのか?」 「ああ――」  応え、みるみるニックの顔が青くなる。 「……あまり、この場に長居する事は出来んぞ。こっちでも少し無茶をしたもんでな」  車のエンジンを噴かした状態のまま、ボブが二人に言い聞かせるようにして言う。 「あの馬鹿――」  ニックが毒づいた瞬間  ドォン!! 「!?」  酒場から、突然大きな爆発音が鳴り響いた。そして、酒場が炎に包み込まれ始める。 「……え……!?」 「リーファン!」  突然の事態に呆然とする高幡の前で、より一層顔を青くさせたニックが車のドアから身体を乗り出す。 「ちっ!」  ヴァンッ!  怒鳴り、ボブは炎に向かい車を急発進させた。 「あ、ぐっ!……ボブ!?」  突然の衝撃に耐え切れず、背中をシートに強かに打ちつけた高幡が彼に向かい抗議する。  だがそれには取り合わず、ボブは車を炎に取り囲まれた酒場へと向かい、猛スピードで走らせた。 「……うわあああ――!」  炎が間近まで迫った瞬間、高幡は咄嗟に頭を埋めて身を丸くした。 「どけえ!」 「えっ――!?」  ガンッ!  その瞬間、何かが高幡の体に向かい上から降ってきた。 「痛っ!?」 突然の衝撃に驚き、ふと目を見開くと、高幡の視界に白い太股が目に映った。 「……うわあっ!?」 「うるせえクソ馬鹿!」  ガン!と思い切り側頭部を蹴られて、高幡は左の席から右のドアまで吹き飛んだ。  それに構わず車は急角度で曲がり、炎に包まれた酒場から離れていった。 「このクレイジーが!酒場ごと吹き飛ばしやがって!」 「逃げる時間を作ってやったんじゃねえか!こんなボロ車、追っ手がかかったら即捕まっちまうぜ!」 「う……?」  (蹴られて)横たわっていた高幡が身体を起こすと、彼の視界に一人の東洋人の女性が目に映った。 「……あ……リー……ファン……?」 口元を引きつらせ、何故か半笑いの状態で、高幡は彼女の名前を呼んだ。 「あん?随分と嬉しそうじゃねえか。お化けでも見るような目つきだな」 「あ……いや、そんなことは……」 「ん?悪魔?そりゃぴったりだ」 「テメエは黙ってろニック!」  怒鳴り、彼女は目の前にある補助席をガンと蹴った。 「あ、でも、よく無事だったね……あの爆発に巻き込まれて」 「巻き込まれたんじゃねえよバカ。ありゃあたしがやったんだ」 「え――!?」 「そろそろ舌を引っ込めておけ三人とも。飛ばすぞ」  バン!  ボブが叫んだ瞬間、文字通り車が大きく飛び跳ねた。  ガタンガタンッ! 「うわあっ!」 「ヘイ、ボブ!もうちっと安全な運転は出来ねえのか!?地面にケツの穴をファックされたみてえだ!」 「そりゃ良かったじゃねえかニック!漏れそうになったら外に出せよ」 「舌噛むぞお前等」  ボブが忠告すると同時に、四人を乗せた車は更にスピードを上げていった。背後で燃え盛っている炎は、更にその勢いを増していた。       * * * * *  A.M.11:20  バババババババババ!  ヘリコプターが回すプロペラの風圧に圧され、辺りの赤土が粉塵となって舞い上がる。 「相変わらずひどい所ね」  ヘリの助手席に座っている、紫外線対策に作られたものものしいボディ・アーマーを着込んでいる女性が、真っ赤に染まっている外の風景を眺めて言う。 「中佐。B・Cチームから通信が入りました。B・Cチーム全32名中12名が死亡、16名が重体だそうです」  助手席に座っている女性と同じボディ・アーマーを着込んだ運転席に座っている男が、その女性に向かい淡々とした口調で述べる。 「あら、そう。それで、ディスクは手に入ったの?」 「いえ、まんまと逃げられたそうです」 「そう。ただのチンピラじゃなかったみたいね」  言って、彼女は楽しそうに口元を緩ませた。 「――それで、残りのメンバーはまだ起動出来るのね?」 「ええ。わずか4人だけですが」 「OK。怪我の治療が終わり次第Aチームに合流するよう伝えておきなさい」 「了解しました」 「それにしても――」  女は運転席に座っている男に顔を向け、怒りともとれる嘲りの笑みを浮かべた。 「あたし達も相当なバカだけど、ミスタヨシザワもそれに劣らぬ間抜けぶりよね。気を抜いている最中に自分のパソコンにウイルスを入れられて、いつの間にかパスワードをハッキングされていただなんて」 「大胆な手口を使うものです」 「ビジネスの優劣はこちらサイドに傾くわ。己のミスの後処理をさせるために、あたしをこんなところに向かわせるだなんて――なかなかいい根性しているわ、あのイエロー」  表情こそ穏やかだったが、その女性の言葉の節々には明らかな怒りが含まれていた。  やがて辺りを舞っていた粉塵が全て舞い落ちると、白いボディ・アーマーを着たその女性はようやくドアを開けて、外に出た。 「せいぜい、楽しむとしましょう」  残酷な笑みを浮かべる女性の足元には、ポーリンググリーンの小都市が広がっていた。       * * * * *  P.M.12:10  ガタンガタン。 「……」  身体を強引に揺さぶられた感触を覚え、高幡はうっすらと目を開けた。 「お。目ぇ覚めたか?」  声がかかると同時に、何かが高幡の視界を遮った。 「リーファン……?」 「気づいたか?お前、この状況でよく熟睡なんか出来るな」  感心しているような馬鹿にしているようなリーファンの言葉を無視して、高幡は身体を起こして車のウィンドウ越しに周りを見た。  辺りには、何もなかった。目に映るのは一面の赤土と、ぼこぼこと盛り上がっている赤い岩石だけだった。それらが高速で流れてゆく。 「ここは……」 「どこでもねえよ。ただの道なき道だ」  ガタンガタンッ。 「うわっ!」  車が大きく跳ね上がると同時に、高幡の体が、クッション一つついていない座席から離れて飛び上がる。 「吹っ飛ばされんなよ。落ちても拾ってやんねえぞ」 「……」  一瞬、高幡の脳裏に意識的に飛び降りてやろうかという欲求が生まれたが、高速で流れてゆく風景を見て、彼はその行為を断念した。 「パスワードがようやっと開いてね。今プリントアウトした宝の地図片手に旅してんの」 「……」 (…………あ!)  リーファンが高幡に向かい現在の状況を簡単に説明すると、しばらく経ってから彼はハッとして大きく目を見開いた。 「心配しなくてもいいぜ。あんた、もう殺す価値も無い男なんだってな」  その変化を横から見ていたリーファンが、高幡に向かいそう言い放つ。 「……え?」 「ニックから聞いた」 「俺はそんな風には言ってねえ」  助手席に乗っているニックが、自己弁護するように言う。 「どうでもいいじゃねえか、下らねえ――」  ガッタン!  言いかけた瞬間、車がより一層大きく揺れる。今度は高幡だけでなくリーファンまでもが座席から飛び跳ねてしまい、危うく彼女は舌を噛みそうになった。 ようやく振動が収まった頃、彼女は言葉の代わりに『チッ』と音を立てて鋭く舌打ちした。 「ボブ!テメエもうちっとマシな運転は出来ねえのか!?」 「文句を言うな。本来ならこんな荒地を車で走ること自体無茶ってもんだ」 「俺が話すか?」  リーファンに向かいニックが言うと、彼女は口を紡いでそっぽ向いた。それを見てニックは肩をすくめて、自分の左斜め後ろに座っている高幡を横目で見た。 「お前が寝ている間、俺達で軽く話し合っていてな。殺すと後々面倒になるし、かといって解放すれば余計な情報を流しかねない。とりあえず事が終わるまでは軟禁しておくかって次第になったわけだ。まあようするに、現状維持だな」 ガッタン。  ニックの言葉が終わった瞬間、また車が大きく跳ねる。 (……僕の命って……なんか、本当軽いなあ……) 「ところでジャップ。お前、名前はなんてんだ?」  そんなことを考えていると、不意に横から声を掛けられる。 「え?」 「名前だ、名前。まさか『ジャップ』って名前でもねえだろう?」 「……」  少し考え込んだ後に、高幡は答えた。 「ナオトだよ。ナオト=タカハタ」 「……」  そう言うと、しばらく沈黙した後に、突然リーファンは爆笑し始めた。 「――ハハハハハ!ナード――ナード・タカハタか!お前にぴったりの名前だな!」 「ナードじゃない!ナオトだ!」 「ハハハハハ!」  ムキになって言い返すが、それには取り合わず、リーファンは仰け反って更に甲高い声を出して笑い続けた。 「……」  リーファンから顔を背け、彼は不機嫌そうな顔を斜め前にいるニックに向けた。 「――ねえ。ところで『宝』って一体なんなの?」 「あ――」  チラッと一瞬彼はボブの顔色を伺ったが、特に何も言ってこなかったので高幡へと顔を向けた。 「この山の中にあるんだよね?まさか金とか?」  ニックが何か言う前に、高幡が推測でものを言う。 「まさか。んな上品なモノがこんな山にあるわけねえだろ」 「じゃあ――」 「ウランだよ。ウラン鉱石がこの山で発掘されたんだ」 「ウラン?」  普段あまり聞きなれないその響きにピンと来ず、高幡は首を傾げた。 「ああ。まあそれ自体はここでは大して珍しくも無い代物なんだがな。ここで問題なのは、その用途だ」 「――というと?」 「ウランやプルトニウムなどの核分裂性物質を使う事業っつったら、真っ先にお前は何を思いつく?」 「――」  問い返されて、高幡は口を閉じて沈黙した。 「……やっぱり、原子力発電かな。後は核燃料加工施設とか……」 「確かにそういったことにも使われるが、あんた達はそれをもっとシンプルな方法で使っていたんだよ」 「……僕達?」 「あんたが所属していたマツビシ社は、この資源を自由に使って密かにこの国で核開発をしていたんだ」 「は?」 「この国の、とある非合法な企業と共同して、な」 「……」  あまりに現実離れしているその話を聞いて、高幡はしばらくの間頭の中で物事を整理する作業をフル活動で行っていた。そしてしばらく時が経って―― 「はあ!?」 「反応が遅いな、ナード」 「そんな馬鹿な――だって、日本には非核三原則が――」 「皆が皆法律を守っていれば警察官も裁判官もいらねえし、あんたもここに居ずに済んだ。そうだろう?」 「それは……」  うっ、と言葉に詰まって、沈黙する。 「でも――でもなんで、うちの会社がそんなことを!?」 「金になるからに決まっているだろう。大企業が核研究を行うなんてことは、この国では有り触れている話だ」 「で、でも――」 「確かに、ニホンじゃ珍しい例かもしれないな」  そこでニックはニヤッと笑った。 「だからこそ、金になる」 「それってまさか」  サッと、高幡の顔が青くなってゆく。ニックはにやついた表情のまま、頷いた。 「証拠をかき集めて情報を売る。その相手が政府になるかマツビシになるかは、交渉次第だな」 「……」  頭を抱え、高幡はその場にうずくまった。 「……なんで、よりによってアメリカなんかで……」 「この国だからに決まっているだろうが。日本でやるよりゃよっぽどお利巧だ。それにこの山はマツビシの社員の所有物だから、何かとやり易かっただろうしな」 「それに、ウランは持ち運びにくいからな」  それまで一切会話に参加していなかったリーファンが、隣でぼそっと呟く。 「FDの中にはご丁寧にそれまでの過程から結果までが事細かに書かれていたんだが、肝心の証拠だけが今ひとつ曖昧でな。仕方が無いからこうして山の中まで入って、マツビシがこの研究に関連していたという確かな証拠をつかまなければならんわけだ」 「……どうやって、それを確かめるの?」  少しだけ顔を上に上げて、彼の顔を覗き見ながら高幡が問う。 「俺達が、何故この事件のことを知ることが出来たと思う?」 「……?」 「奴ら、一々少量のウランが混ざった石の塊を遠くまで運搬することにだれたのか、山の中にそれの研究施設まで設けたらしい。現地の人間である俺達には『何かの研究施設』とだけしか聞かされていなかったが、正直興味もなかったんでどうでもいいと思っていた。あの事件が起きるまではな」 「事件?……なにがあったの?」  高幡の問いに対し、ニックは口元を少し歪めて、淡々とした口調で答えた。 「臨界事故を起こしやがったのさ。この町でな」 「また!?」 「といっても反応が生じたのは一瞬だけだったし、実際に確かめられたのはここでもごく少人数の人間だけだ。だがわずかな人間だけだろうと、あれだけ鮮やかな青い光を見せられた日にゃあ何人かは疑問も抱くってもんだ」 「で、でもそれだけだと、核燃料加工施設だったってことも有り得るんじゃ……」  数年前に日本で起きたとある事故のことを思い出し、わずかな期待を込めて放った高幡の言葉は、しかしニックの嘲笑交じりの言葉によってあっさりと打ち砕かれた。 「FDの中に、核爆弾に関する資料がぎっちり詰まっていたのにか?」 「あ、あう……」 「そういうわけだ。俺達は奴らの言うところの『核燃料加工施設』ってところに行ったら、それだけで概ねことが済むわけだ。私有地だから奥まで入ったことはないが、それでも大方の場所は見当ついてる」 「……」  その瞬間、高幡は突然あることを思い出して顔を上げた。 「ちょっと待って――!じゃあもしかしてここって、思いっきり放射能漏れしていた場所の土地なんじゃあ――!?」 「大丈夫だ。心配いらん」  高幡の叫びに対し、ニックは軽く手をぱたぱたと振った。 「あの日から丸一日経っているからな。おそらく今ではもう、この国が定めている基準値をほんの少し上回っている程度の濃度だ」 「十分恐いー!」  口元を押さえ、高幡がくぐもった声で悲痛な叫びを上げる――その瞬間  チュイン。  彼の頬を高速で何かが擦れ、過ぎ去っていった。 「――!」 「ヤベえな。もう追いついてきやがった」  サイドミラーを横目で見ながら、ボブが呟く。そこには、武装した男達が乗っている車が何台も列になって映っていた。 「シット!」  ダンダンダン!  咄嗟に彼女は懐から銃を抜き応戦したが、ガタガタと車が揺れ続けているため狙いが安定せず、彼女の銃弾は全て相手の車の側を過ぎ去っていった。 「当たんねえ!もっとスピード緩めろよボブ!」  ダダダダダダダダダ!  リーファンが言った瞬間に、何発もの銃が四人が乗っている車の側を通りすぎていった。 「無茶言うな!止まった瞬間奴等に蜂の巣だ!」  ハンドルを大きく回して蛇行運転しながら、ボブがリーファンに向かい叫び返す。 「チッ!」  鋭く舌打ちして彼女は頭を引っ込め、上着の内ポケットから黒い楕円の鉄の塊を取り出した。 「そ、それってもしかして――」  シートの下に潜り込み、飛び交う銃弾から避難している高幡が、マンガやTVなどで見覚えのあるその物体を指差して声を震わせる。  ピンッ。 「フィールド・エッグをプレゼントしてやるぜ」  高幡を無視して彼女は頂点に突き刺さっていた留め具を口で外し、近くの地面にそれを転がした。 「!あの女、何かを転がしてきたぞ!」  最前線の車の乗員が、前から転がってくるそれを指差して運転手に向かい叫ぶ。 「あの形状は――手榴弾です、大尉!迂回しきれません!」 「なッ……!」  助手席に座っている男が言葉に詰まった瞬間、目の前がパッと明るくなった。 「シーット」  バァン!!  真後ろで突然炸裂音が響き、赤い煙と一本の火柱が舞い上がる。 「……」  その光景を見ていた高幡は唖然として、額から一筋の冷や汗を流した。 「やるじゃねえかリーファン!爆弾はまだ残っているのか?」  ニックの言葉に対し、リーファンは頭を左右に振った。 「いや、今ので最後だ。生き残りがいたらヤベえな――」  ダダダダダダダダダダダダダ! 「うおお!?」  悠長に話していた途端、後ろから狂ったように大量の銃弾が流れてくる。  もうもうと舞い上がる煙の中、縦一列に並んだ車が続々と姿を現す。 「ほとんど無傷じゃねえかリーファン!他に手はねえのかよ!?」 「るせえテメエも何かしてみやがれ!」  ギャギャギャッ! 「うおっ――」  サイドミラーを確かめながら、ボブが大胆にハンドルをきる。その瞬間車の側を、何十発もの銃弾が通り過ぎていった。 「三台だな」 「……なにが?」  突然のGに耐え切れず、崩れた体勢のまま、リーファンがボブに向かい問う。 「相手の車だ。三台までは確認できた」 「最低でも、重装備の相手があと三台はいるってことか」 「ああ。しかし妙だ。やつら、一定の間隔を保ちながらこっちの車にスピードを合わせてやがる。まるで、こっちからの反撃を恐れているかのように……」 「パイナップルが利いてるんじゃねえの?」 「だといいんだがな」  ドンッ! 「――!」  ボブの言葉が終わると共に弾がトランクの一部に当たり、車は一瞬奇妙な揺れ方をした。 「このクソ野郎共!」  吐き捨てるようにして叫び、リーファンとニックが後ろにいる車に向かい銃を放つ。だが自分達の車が舞い上げている煙の影響で相手の車がシルエットでしか映らず、正確な位置すらつかめられていないそれらの弾は全てあさっての方向へと飛んでいった。  ダダダダダダダダダダダッ!  報復の弾があたりを飛び交う。直弾こそなかったものの、それらのうち幾つかの弾は車体をかすめていった。 「クソッ!下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるぜ!手数の足りねえこっちが圧倒的に不利じゃねえか!」 「リーファン。いい方法を教えてやる」  毒づくリーファンに対し、ボブが前を向きながら淡々とした声で言う。 「ああ!?」 「目を瞑って、神に祈れ」 「はあ!?」 「敵を傷つけようと考えて撃つな。相手を愛しみながら撃て」 「……あんた、頭おかしいんじゃねえの?」  そう言ってリーファンは奇人でも見るような目をボブに向けた。 「全くだ。いくら全知全能の神でも、悪魔に恩恵を与えてやるほど慈悲深くねえだろう」  ニックがそう言った瞬間、タイヤが岩の上に乗っかりガッタンと車が大きく揺れた。 「うおっと――」 「チッ」  揺れが収まりきらぬうちに、マシンガンが頭上を幾つも通り過ぎてゆく。リーファンは苛立ちながら目を瞑り、銃を握った手だけをシートの上に乗せた。 「ファーックしてやるぜ!ベイビィ!」  ダンダンダン!  そして彼女は頭の中で雲の上に乗っている頭の上にわっかを乗せた老人を思い浮かべ、それに目掛けて何発も銃を発射した。  ――ドォン――!  その瞬間、後ろで何かが爆発する音が聞こえてくる。何事かと思いリーファンが目を開け後ろを見た瞬間、何かが燃えているのが一瞬だけ見えた。 「……ビンゴだぜよ……」  信じられないといった表情で、ニックが呟く。 「……キリシタンになるかな」  そしてリーファン自身信じられずに、そんなことをボソッと呟いた。 「やる」  その瞬間、前から十字架の飾りのついた金のネックレスが降って来た。 「ボブ?いいのか?」  リーファンが問うた瞬間、彼は気の抜けた声を発した。 「丁度今、神の存在を信じなくなったところだ」  ギャギャギャギャッ!  その言葉とともにハンドルをきり、スピードを出した状態のまま曲がり角を曲がる。 「……なにはともあれ、これで残るは後二台だな」 「いや、後四台だ」  ニックの言葉をボブが訂正する。 「更に後から二台、車が現れるのが見えた」 「はあ!?一体どれだけ数があるんだよ!」 「……」 「ボブ?」 「まずいことになった」  そう言って、ボブが前方を顎でしゃくる。つられて前を見た瞬間、ニックは絶句した。 「な……!?」  道幅は、前に行けば行くほど狭くなっていき、最終的には車一台分しかない一方通行へと収束していた。 「やられた。地の利ってやつだ」 「……現地に住んでいる俺等が、よそ者にいいようにやられるとはな」  ニックが、吐くようにしてうめく。リーファンも額に汗を流してこの苦境に対し焦り、沈黙していた。 「……ねえ。ちょっと気になってたんだけど……」  その瞬間、逆にこれまでの間沈黙し続けていた高幡が口を開いた。 「ああ?」 「多分、この道の上だと思うんだけど……よくわからない建物が見えたんだ」 「へえ……」  苦笑いをして、リーファンが頷く。 「そいつはお手柄だな、ナード。多分、そいつがあたし達の捜し求めていた研究施設だ。死ぬ前にお宝が眺められて、良かったじゃねえか」 「違うんだリーファン。僕が気になったのは、その隣にあったヘリなんだよ」 「ヘリ?」  高幡の言葉に、ボブが反応する。 「うん。それが少し気にかかって……」 「研究員がもういるということか?あの事故が生じた昨日の今日で?」 「それは有り得ないと思うよ。研究員の多くは日本人のはずだ。本当にこの計画が松菱のものならね。そして多くの日本人は――僕もそうだけど――臆病なんだ。わざわざ危険な場所に身を乗り出そうとはしない。上司が日本人である以上、部下にもそうさせるはずだよ」 「……つまりナード。あんたは何が言いたいんだ?悪いが時間が無い。要件だけを簡潔にまとめてくれ」 「つまり、こういうことだよ――」  言って、高幡はチラッと一瞬背後を見た。 「?」  つられて他の三人も見る。その瞬間、奇妙な違和感が走った。 「……どういうことだ?後ろを走っていた車が一台もない!」 「ボブの言葉を聞いてから、僕もおかしいと思い始めたんだ。『相手は本当に僕達を殺そうとしているのかな?』ってね。そう思い始めると確かに殺し合いをしているはずなのに、それは僕達の一方的な思いで、相手はただ遊んでいるようにも思えたんだ。ゲームをしているみたいにね」 「ゲーム?」 「そう、ハンター・ゲーム。僕達をある場所まで追い込んで、確実に殺すための遊び。ルールは簡単、僕達をある決まったルートに走らせ続けるだけ。そして獲物が最終目的地までたどり着いた瞬間――」 「バン、か。成る程な、確かにそう考えたら色々とつじつまが合う」 「ふざけやがって――!」  ぎしっと歯軋りをして、リーファンがうめく。 「わざわざ乗ってやることもねえ。ボブ、ブレーキを踏め」 「それで、一体どうするつもりだ?」 「決まってんだろ!引き返して、奴等を蜂の巣にしてやる!」 「逆だろそりゃ。相手はその時の事態も考えて万全の構えで待ち構えているはずだ」  ニックがリーファンに向かい、妙に冷たい口調で言い放つ。 「ニックの言う通りだよ、リーファン。減速しちゃいけない」 「じゃあどうしろっていうんだよ!」  怒鳴り、リーファンが高幡に掴みかかる。だが高幡は動じず、真正面からリーファンの瞳を見据えた。 「僕達も、相手が取ったのと同じ方法をとるんだ」 「……はあ!?」 「つまり――」  そして高幡は全員に聞こえる声で、作戦の内容を簡潔に話した。 「……クレイジーだ。イカれてるぜ」  話し終えた瞬間、ニックは顔を歪めて高幡を見た。 「ボブ。そんなに長い間ものなのか?」  一方リーファンとボブは、真剣な面持ちでその計画について検討していた。 「……今、俺達は時速80kmオーバーで走っている。途中に斜めの幅が70cmの岩があり、それまでの滑走中に100kmまで上げたとすると――角度さえ良ければ、最高で70mまでいくことは出来るな。ただしこれは外力を無視した、力学の理想状態での話だが――」 「時速100kmまで上げたとしても、途中で絶対に減速しなければいけないから、よっぽど上手くやらないことには実際には瞬間の速度は時速80kmにも届かないはずだ。それにこの車は横幅が2m以上もあるし、前輪と後輪の間隔が1m半離れていることを考えれば、良くて40mってとこだね」  ボブの言葉の過ちを、高幡が訂正する。 「40mの後半、20mの間でどこまで騙せるかが勝利の決め手となる」 「……正気じゃねえ」  ニックが吐いた言葉に対し、高幡は引きつった笑顔で応えた。 「正気ならあの酒場で既に失っているよ。僕の作戦に乗るか乗らないかは、まだ理性が残っているあんた達が決めてくれ」 「あたしは乗ったぜ」 「リーファン!?」 「もう手はそれしか残ってねえんだろ?それに、あたし好みでもあるしな」 「俺もだ」  ボブがそう言って、車のスピードを少し上げる。 「時間が無い。ニック、あんたの答えも聞かせてくれ」  焦った口調で高幡が言う。少し考えた後に、ニックは首を縦に振った。 「……そうだな。どうせなくなるんならこの命、あんたに預からせるとするか」 「決まりだ」  言って、ボブは車のスピードを更に速めた。       * * * * *  P.M.12:30 『中佐。今、獲物がそちらまで行きました。残り後200mの位置です』 「そう。じゃあ後6〜7秒ってとこね」  ヘルメットの中に内蔵してある通信機に耳を傾け、ボディ・アーマーを着込んだその女性は手に構えた銃の握りを再確認した。 「久しぶりだわ……。人を殺すなんて」 「お気をつけ下さい中佐。そろそろ来ます」  恍惚とした表情で呟くその女性に対し、その女性の隣に唯一人いる部下らしき男が注意を促す。 「分かっているわ。そろそろ見え始めてもおかしくない頃だもの」  言って、中佐と呼ばれているその女性は改めて前方に集中した。  だがいくら待っても、目的の相手は見えて来なかった。 「……?おかしいわね。罠に気がついて下車したのかしら?」  そう呟いた瞬間―― 『中佐!上です!』  通信機から、焦った声が聞こえた。 「上――?」  反射的に頭上を見上げる。と、その瞬間巨大な影が二人の視界を遮った。 「な――!?」  呆然としていると、がたん、と大きく音を立てて、それは近くの地面に着地した。 「中佐!」  叫び、一瞬早く反応した部下の男が着陸したその車に向かい、銃を乱射する。 「シット!」  その途端、4つのドアからそれぞれ一人ずつ出てきて、辺りに散開する。 「くっ!」 「ヘイ!」  ダンダン!  標的を決めかね逡巡していると、右の後部席から飛び出してきた黄色い肌の女性が男に向かい発砲した。  それらは寸分違わず男の身体に命中したが、男が身にまとっているボディ・アーマーによって全て弾き返された。 「げっ――!」 「貴様ァ!」  激昂したその男が、その女性に向かい反撃する。しかし彼女はそれよりも早く既にその場から離れていた。 「ちっ!」  周囲を見渡して再びその女性の姿を捕らえ、再度発砲しようとした瞬間、男の視界に巨大な手が映った。 「……え?わあっ――!」 「フンッ!」  ズダン!  いつの間にか背後に忍び寄っていた黒人の男性に力任せに地面に叩きつけられ、痛みこそ無かったものの奇妙な振動が男を襲い、彼は一瞬息を失った。その一瞬の間に男を叩きつけた黒人男性は男から銃を奪い取った。  そして彼はその銃を、男の近くに立っていた中佐に向けた。 「俺達の勝ちだ。降参しな」 「なにを馬鹿なことを――」  言いかけて、中佐は言葉を失った。 「――成る程ね。銃が利かない相手には、こうすればいいわけか」  楽しそうに笑いながら、リーファンは防護服の上から中佐の喉を強く圧迫した。 「うぐえっ!」  蛙の鳴き声のような音を漏らして、ごほごほとその場に咳き込む。 「さあどうする?道は二つに一つだDead or alive?」 「くっ……!」  ブオオーン……!  その時、遠くから幾つもの車のエンジン音が聞こえてきた。 「!」  一瞬、そちらに注意を向けるボブとリーファン。その一瞬の隙を縫ってボブに倒された男は彼から銃を奪い返し、中佐はリーファンの腕をねじり上げた。 「痛ッ!」 「どうやら、あたしの部下達が異変に気づいたみたいね。後でご褒美をあげなくちゃ!」  悲鳴を上げるリーファンを見て、怒りに満ちた表情で笑う中佐。 「リ、リーファンを離せ!」  岩の陰から出てきた高幡が中佐に向かい銃を向け、震える声を張り上げる。 「声が震えているわよお坊ちゃん!」  言い、中佐が更にリーファンの腕をねじり上げようとした瞬間、リーファンががっくりと膝を折って腰を低くした。  ブワッ! 「えっ――?」  次の瞬間、中佐の身体は宙を舞った。  ダンッ!  そして彼女の身体が地面に叩きつけられる。更に追い討ちをかけるようにして、リーファンが中佐の喉に向かい、勢いよく足を乗せた。 「は、ぐっ!」  ギリリッ……! 「こンのクソアマァ、調子にのりやがって……!」 「あーあ。あの女、リーファンを本気で怒らせやがった」 「な……、な……」  奪い返した銃をボブに向けた状態のまま、何が起きたのか理解し切れていないその男はリーファンと中佐に目をむけ、唖然としていた。 「ほい、ごめんよ」  その途端、背後から突然男の声がした。  ダンダンダン! 「ガッ……!」  至近距離から銃弾を散発撃ちこまれ、男は血を吐いてその場に倒れた。 「Thank you」  ニックに向け、ボブが感謝の言葉を投げる。  その後二人は同時にリーファンの方に目を向けた。 「あんたがボス……?苦労させてくれたわ……ホント」  口元を歪めて笑いながら――目は笑っていないが――リーファンは、そのメット越しにその女の顔を覗き見た。 「おもちゃにしてくれたんですってね……あたし達を」 「……駄目だ。キレてやがる、あいつ」 「さて、どうしたものか……」  対応に困っていると、一つの人影が二人の視界を遮っていった。 「ごっ……ごめんなさい!もう逆らわないからぁ……。許してぇ……!」  中佐が媚びる様な態度をとった瞬間、リーファンは更に足に力を込めた。 「あたしは、お前みたいなチキンが一番むかつくんだよ!」 「ぐうぅ……!!」  首の骨が、みしみしと音を立てて軋みを上げる。 「テメエだけは――」 「リーファン」  横から、控え目な声が聞こえてくる。よく見ると、その人物は自分の右腕をつかんでいた。 「もう……いいだろう?僕達の勝ちだよ。だから……その人を、もう解放してあげて……」 「……」  怯えた表情をしたその男を、リーファンはぎろりと睨んだ。だが先刻とは違い、その瞳からは殺気が消えていた。 「中佐―!」  その瞬間、前方から声が近づいてきた。 「ようやく、あたしの部下が到着したわ……!」 「!」  途端、それまでとは打って変わって機敏な動きで中佐は地面から跳ね上がった。  そして、誰よりも早い動作で彼女は、リーファンに向かい銃を向けた。       * * * * *  P.M.12:40  ピリリリリ。ピリリリリ。  着信音が鳴り、吉沢は慌てて電話を取った。 「もしもし……中佐か!?」 『ええそうよ』  電話の向こうの相手は、彼の言葉に対し肯定した。 「ことはもう済んだのか!?FDは!?」 『ちゃんとここにあるわよ。全て終わったわ』  その言葉に、心の中で深く安堵の溜息をつく。しかしそれを相手に気取られないよう、毅然とした態度で話を続ける。 「そうか……。よくやってくれた。それじゃあ早速だが、商談の話に移ろうか」 『そうね。出来れば、私が今居るこの場所の近くがいいわ』  その言葉に対し吉沢は、目を丸くした。 「なんだと……!?しかし、前にも言ったがその場所は危険だ。N.Yで行った方が話も弾むと思うのだが……」 『残念ながら、それは駄目ね。だって私には決定権が無いんですもの』 「なんだと!?それは一体どういうことだ!?」 『ちょっと待って。彼等に代わるわ』 「おい――」 『ハロー、ミスタヨシザーワー』 「だ、誰だ貴様!?」  突然聞こえてきた男性の声に戸惑い、気を昂ぶらせて声を上擦らせる。 『仲間内からはボブと呼ばれている。だがそんなことよりも今は商談の話がしたい』 「ちゅっ、中佐と中佐と変われ!貴様では話にならん!」 『……』  少し経って、また男の声が聞こえてきた。 『お久しぶりです……吉沢部長』 「高幡か!?」  更に狼狽して、甲高い大声を上げる。 『ええ。貴方に殺された高幡です。まだ覚えていて下さいましたか』 「わっ私は――私は何も知らん!化けて出るなら専務か、常務に――」  電話の向こうから、苦笑しているような声が聞こえてくる。 『ちゃんと生きていますよ。部長、今回の件、常務も専務も認知しているんですね?』 「あっ、ああ――ああ、勿論だ!私一人でこれほどの巨大プロジェクトは動かせん!」 『そうですか。わかりました――ええと』  そこで言葉は途切れ、なにやら電話の向こうで話し合うような声が聞こえてきた。 「何を話している!?」 『……ええと――その、大変申し訳難いのですが……』 「なっ……、なんだ……!?」 『あの……吉沢部長ではお話にならないので、常務か専務とお話をしてきます』 「な……なんだと!?高幡!?おい!」 『それでは、失礼致します』 「たかはた――」  ブツッ。 「……」  電話が切られた後も、吉沢はしばらくの間携帯電話を耳に当て、握り締めていた。  それから一分ほどして、吉沢は携帯電話を握り締めた状態のまま、ぱたりとその場に倒れこんだ。       * * * * * 「良かったのかなぁ……本当に」 「上出来上出来」  そう言って、高幡に向かいボディ・アーマーに身を包まれた中佐がぱふぱふと手を叩く。 「正直、ヨシザワに今回の件の後処理が勤まるとは思えなかったしね。また新しく派遣される人が彼よりも優秀ならいいんだけど」 「まあ、それはまた後の話だな」  リーファンの言葉に、中佐が「そうね」と頷く。 「しかし、またなんであっさりと降参したんだ?あのまま続けていれば、勝てたかもしれなかったものを……」 「例え勝てたとしても、損害も大きかったわ。むしろ降参したのが遅すぎたぐらいね」  中佐のその言葉を、後から駆けつけてきた隊員達が苦い顔で受け止める。 (あんたが下らない事を考えなければ、楽に勝てた戦いだったのに……)  心の中ではそう思いつつも、今この場で実際に反乱を起こそうとする者は一人も居ない。 「それに実際、気分よかったしね。あたしの作戦が、あんな手で覆されるとは思ってもみなかったわ」 「全くだ」  中佐の言葉に、ニックやボブも頷く。その作戦の当の発案者は、「へへ……」とかすかに笑って照れて見せた。 「あー、褒めたつもりはないんだけど」 「あ、そ、そうなんですか……」  中佐の言葉に慌てて、高幡は顔を赤くした。 「岩を発射台に見立てて、高速で移動する車をジャンプさせる――。まあそれだけっちゃそれだけの発想なんだけど、普通思いついても誰もしないわ」 「全速で走らせた車を直前で減速させ、浮き足立った前輪を岩の上に載せて宙を舞う――極限状態だったとはいえ、我ながらよくやったもんだ」 「しかもその効果が単に『敵を驚かせる』ことだけだもんな。なんであの時は皆あれがいい作戦だと思ったんだろうな」 「あ……、あう……」  三人から痛烈な皮肉を浴びて、先程とは正反対に萎縮する。 「結果オーライじゃん。気にすんなよ」  言って、リーファンがぽんと肩を叩く。何気ないその仕草に驚いて顔を上げると、当のリーファンは首を傾げて「どうした?」と尋ねた。 「あ……いや……、なんか優しいなーと思って……」 「……そうか?」 「うん……。ちょっと、気持ち悪かった」  照れ笑いしながら高幡が言うと、その瞬間顔面に拳が飛んできた。 「ところであんた達、これからどうするつもり?一応商談のセッティングはある程度手伝ってあげるけど、その先のことまでは責任持たないわよ」 「わかっている。まあ、なんとかなるだろう」  ボブがそう言うと、中佐は「ふうん」と頷いて、にやっと笑った。 「ねえあんた達、私達の軍隊に入隊するつもりはない?」 「なっ――!」  突然のその提案に彼女の部下達は驚き、彼女に対し刺す様な視線を投げつけた。が、その後すぐに睨み返されて逆に全員が萎縮する。 「そうだな。悪くない」  真っ先に反応したのは、リーファンだった。 「当然、重役待遇なんだろうな?」 「そうね。中尉ランクぐらいにまでは上げられると思うんだけど」 「……中尉?」 「分かりやすく一般の会社で言うと、係長ランクかな。ま、当然そうなるとあたしの部下ってことになるんだけど」 「……それ、なんか嫌だな……」 「まあ多分、あんたみたいな跳ねっ返りはあたしよりも軍曹――まあ主任みたいな人――に、先にびしばし鍛えられると思うけどね」 「しかも部下にまで……」  考え込むリーファンに対し、中佐がぼそっと呟く。 「まあそれでもお給料は悪くないし、中尉ともなるとかなり自由に新品の武器を蔵出し出来るんだけどなー」 「悪くないな。お前等はどうする?」  リーファンに問われ、苦笑しながらボブが答える。 「そうだな。ここから更に先に進むとなれば、やはり組織に組するのが一番手っ取り早いだろう。今回の件を『土産』にすることも出来るしな」 「ニックは?」 「俺も賛成だ。チームとして動くよりも組織として動く方がデメリットは少なくて済む」 「それじゃあナード。お前はこれからどうする?」 「え……?」  問われ、高幡は自分を指差して戸惑った。 「僕にも選択肢ってあったの……?」 「ん?彼は駒として使われる方がお好みなの?」 「そうだな――」 「いやいやいや!帰る!帰ります!日本に帰って平和に暮らしていきたいです!」  慌てて手を振り、中佐達に向かい猛烈にアピールする。 「あら、そう」  と、中佐は高幡に向かい冷たい視線を投げかけ、ぱちっと指を鳴らした。  その音を合図に、三丁の銃が高幡の目の前に突き出される。 「ニ……ニック?リーファン?ボブ……?」 「残念だわ、ナード君。貴方の才能は少し買っていたのだけれど……この事件、よそに垂れ流しされちゃあ付加価値がグンと下がっちゃうのよねぇ」 「そういうわけだナード。悪く思わんでくれ」 「楽な初仕事だ」 「大丈夫だ。せめて苦しまないよう、一発で急所を貫いてやるからな」 「嘘、嘘、嘘!入る入る入る!僕も入隊します!」 「あら、そう!」  と、中佐は高幡に向かい明るい笑顔を見せて、ぱふっと手を打った。 「じゃあ決まりね。とりあえず初仕事は、マツビシとの交渉における口裏合わせね。簡単に説明するから、皆車に乗って」 「ん?ヘリで行かないのか?」 「行かないんじゃなくて行けないの。運転手が死んじゃったから。あたし免許持ってないもの」 「成る程」  頷き、二段目の席に乗り込むボブとリーファン。続いて中佐が助手席に乗る。 「行くぞ、ナード」  ニックに促され、ゆっくりと歩み始める高幡。決して嫌がっているわけではなかったが、そう感じ取ったニックはぽんと高幡の背中を押した。 「大丈夫だ、お前は死にやしないよ。こんな事件が起きても、まだしぶとく生きているだろう?」 「はは……」 「それに――」  言って、ニックは頬を朱に染めた。 「お前には、俺がついている」  ぶっ!  実際には吹き出さなかったが、心の中では猛烈な生理的嫌悪が生じており、体中の毛穴から冷たい汗がどっと流れ出てきた。 「おら、お前がぐずぐずしてっからいい席が全部取られちまっただろう。俺等は一緒に狭い最後部席でぎゅうぎゅう詰めだ」 「い〜や〜だ〜!」  パパーッ! 「遅いぞ、お前等」  クラクションを鳴らす運転手の隣で、何か面白いおもちゃでも見つけたかのようにして楽しそうに笑う中佐の姿。  高幡直人の受難は、まだまだ続く……。 あとがき  終わりです完結です。この後も続きそうな臭いを漂わせていますが完結なんです。  ところで――大体のお話がそうであるように、このお話にも『ヒーロー』と『ヒロイン』というものが存在します。ヒーローの方は、言わずと知れた我等が高幡直人君。通称間抜け。すこぶる影が薄いが、そこんところは昨今の作品によくある傾向なんでまあOK。軟弱っスな。  でと。一方ヒロインの方は、勘違いされた方も多いと思いますが、リーファンではありません。ニックです。その証拠に、ラストシーンの時に二人並んで夕日(間違い)を眺めていたでしょう?そう!この作品は実は、血と汗と色んな汁が混ざり合うことによって野郎同士が結びつく、壮大なモーホー作品だったのです!!場面転換が忙しすぎて、それらしい雰囲気が一度も出せなかったのが残念。駄目じゃん。  この後奴等四人がどうなったかは知りませんが、確実に言えることは四人が四人、その内飯喰って風呂入って屁ぇこいて死ぬということぐらいです。あとはシェプツァー(創造神の意)の私をもってしてもわかりませんな。  あんまだらだら書いてると怒られますんで、まあとりあえず今日のところはこのへんで。バイバ〜イ。