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魂の行方
有田 善
前編
静寂に包まれた薄暗い部屋。内装は見る影もなく荒れ果てている。しかしそれはその部屋に限ったことではなかった。この建物全体がそうなのだ。その建物は他人から見れば廃屋そのものだった。 しかし、彼女、マリア・タイレルにはそんなことは気にならなかった。 いや、もしかすれば彼女の目には、まだその家が生気に満ちていた頃の姿のままに映っていたのかもしれない。 彼女にしてみれば、そこは長年住み続け、そして待ち続けた場所であった。 いつもと同じ場所で、いつもと同じように、ただ静かに時だけが流れる。 ただ一人待ち続けること。それが彼女の日常だった。 しかしその日は違った。彼女は自分しか居ないはずの屋内に気配を感じたのだ。 「誰か居るの? 居るのね? あなたは誰?」 姿は見えないが確実にそれはいる。彼女はそう確信した。しかも限りなく自分の近くに。 次の瞬間、男のものとも女のものともつかない、まるで壊れたスピーカーから吐き出されたような不気味な声が辺りに響いた。 音としてではない。その声は直接頭に響いてきた。 ───あたしのことなんてどうでもいいじゃない。あなたこそどうしてここに居るの…… 「どうでも良くないわ。ここは私達の家よ? あたしは彼が帰ってくるのを待ってるの。あなたは一体誰なの?」 声はこちらの質問には答えようとはしなかった。ただ不敵に嘲笑っている。 ───クックックッ……いつまで待つつもりなの…… 「いつまでもよ。そう、彼が戻ってくるまで……いつまでも……」 待つこと。それはマリアにとって大切な約束であり、同時に自分の存在理由そのものだった。 「彼は……ロイドはきっと帰ってくるわ。約束したもの。彼が帰ってきたらここで一緒に暮らすのよ。きっと楽しくて幸せな日々が待ってるんだわ」 ───無理ね…… その声はきっぱりと否定した。心が押し潰されてしまいそうな不安や寂しさ。それを振り払う様に言ったマリアの希望の言葉を、その声はきっぱりと否定したのだ。 「そんなことないわ! 彼は約束を破ったことは一度もないもの!」 ───無理ね……だって…… 自分のささやかな夢を否定され、怒りの感情をあらわにしたマリア対し、その声は静かに、しかしはっきりと、そして実に楽しそうに告げた。 ───だってあなたはもう…………死んでいるのだからなぁ! 「ここか……幽霊屋敷ってのは。確かに幽霊が巣食うにはうってつけだな」 グレン・グルーニアは手にした地図と目の前の廃屋を見比べながら呟いた。 歳は二十歳位、黒のズボンに、所々銀の糸で文字の様な刺繍がはいった黒い詰め襟の服を着ている。まくり上げた袖から見える腕にはほどよく筋肉がついており、左腕には銀色の小型の盾―いや小手と言った方が正しいだろう―を着けていた。普段は服の裾に隠れて見えないが、その腰には銃が備え付けられている。 グレンの目前には木造二階建の巨大な廃屋が重い空気をまといながらたたずんでいた。それは村の裏手にある森の奥深く、あまり人目につかない所にあった。 報告書によれば、それは二五〇年前、『機神大戦』当時の建造物らしかった。 『機神大戦』。それは二五〇年前に起きた世界規模の戦争である。当時の資料のほとんどは激しい戦火で失われたためはっきりした事は判っていないのだが、当時、軍の主力であった『機兵』と呼ばれる人型戦闘兵器の大暴走が原因で起きたという説が有力である。 他にも悪魔がある科学者をそそのかした、神の審判だった、宇宙人の策略だったなど多くの説があるが所詮は机上の空論であり、信憑性に欠けたものばかりであった。 しかし大戦があった事は確かな事実であり、世界が無に帰しかけたことも事実であった。 そして伝説には、世界の全てが消え失せてしまう直前に『終末の四聖』と呼ばれる四人の指導者が現われ世界を救った、とある。 何にせよ、その大戦で人類は文明のほとんどを失い、二五〇年経った今もその影響は各地に強く残っている。 その内の一つが、この地に七つの国と一部の無国家地帯しか存在しないことだった。 なぜならこの地は、東を侵入した船は全て沈むという『魔の海域』に、そして残りの三方を生命の一切住めない『死の大地』という大戦により生まれた特殊な地形に囲まれた、いわば孤島の様なものであるからだ。大戦以来、連絡のとれていない地域の方が格段に多かった。 そしてもう一つ代表的なものが、幽霊や怪物の目撃およびその被害である。以前は存在しなかった生物などが大戦の時期を境に急に現われはじめたのである。これらは大戦当時の生物兵器だと言う者もいるがその真偽は定かではない。 そしてそれらの怪物に対応すべく結成されたのが国際治安維持組織ファーナであった。ちなみにこの組織名は四聖の一人、聖女ティルファーナからとられている。そしてそこに属する者のことを『ファルク』と呼んだ。そしてグレンもファーナの一員である。彼が今ここにいるのもファルクとしての任務のためだった。その内容はこうである。 ───緊急指令─── タリス国、ナーサ村において悪霊の仕業と思われる殺傷事件が発生した。依頼を受理した時点ですでに村人六名が死亡、三名が重傷をおっている。被害は確実に広がっているものと推測される。早急に退治しなければならない。ゆえに本部よりファルクを派遣したのだが、目標の生息地を見つけた際に反撃を受け、現在行動不能である。よって今現在、最もナーサの近くにいると思われる貴殿にこれを一任するものである。 ここに前任のファルクが身を挺して調べた目標の生息地への地図を同封しておく。なお、一人では遂行不可能と判断した場合、速やかに本部または支部に連絡をいれ応援を要請すること。幸運を祈る。 「しかしまあ、どうして本部の連中は俺がナーサのそばにいることがわかんだろうな。こっちから連絡なんてほとんどいれないのにな」 グレンはそんな疑問を口にはしたが、結局、どうでもいいかと思いなおし手に持っていた地図をしまった。 彼の周りには当然誰もいない。わざわざ声に出す必要はなかった。しかし彼はつい声に出してしまうのだ。それがたとえどうでもいいことだったとしても。まるで一人であることを忘れようとするかのように。 「思ったより時間がかかったな。どうせ夜まで待つつもりだったからかまわないけど」 時間がかかった原因は突然降りだした雨と、身を挺して作ったわりにはあまりにも不正確な地図にあった。おそらく前任者は他人がこれを見ることになるとは思わなかったのだろう。 「ここで突っ立てても濡れるだけだな」 彼は一度廃屋を見上げ、玄関であっただろう所から中へと進んだ。 室内は薄暗かったが、まったく何も見えないと言う程ではなかった。部屋の中は無残に荒れ果てていた。 それが大戦の被害なのか、前任のファルクの戦闘のせいなのかはグレンには判断がつかなかった。もっともその両方という可能性もあったが。 玄関を入った所は吹き抜けになっており、かなりの広さがあった。正面には朽ちかけた階段があり、周囲には扉もいくつか見受けられた。部屋を囲む壁からは冷たい空気が這い出している様な異様な気配を受ける。普通の空間とは何かが違う。 グレンはその差異を見つけるため部屋の中を調べることにした。 「人が隠れ住んでたって事はなさそうだな。こういうやつはよく野盗の隠れ家になるんだけどな」 人が寄り付いていないことは部屋を見ればすぐに判った。そこらじゅうにはられたクモの巣。それがその証拠だ。人がいればこれほどまでに多くのクモの巣ができはしない。 一通り辺りを見渡した後、グレンは階段に足をかけた。木のきしむ鈍い音がする。 「この階段は……上れない事もなさそうだが危険だな。先に下を調べるか」 ガタッ…… グレンが階段から離れようとした時だった。何かが倒れた様な音が響いたのだ。 (今のは……二階からか?) 耳を澄ましてみるが何も聞こえてこない。屋敷中が静まりかえっている。 (空耳か? いや、そんなことはない) グレンは自分の考えをすぐに否定した。なぜなら彼は自分の聴覚と視覚に絶対の自信があったからだ。 (……行ってみるか……) 彼が見上げた二階には、一階よりも濃厚な、そして重たい闇が居座っている様な気がした。 ───だれ? あたしを呼ぶのは? 辺りを包むのは異様な空間。 そこに光はない。音もない。風もない。踏みしめる大地すら存在しない。 存在するのはただ冷たい闇…… ───どこ? どこにいるの? しかし聞こえるのだ。自分を呼ぶ、音にならない声が…… そして感じるのだ。そこに渦巻く憎しみを、恨みを、嫉みを、そして悲しみを…… ───……あなた…… 無音だった世界に微かな衝撃と共に小さな音が響く。 世界は急速に遠のき、闇は光に溶け込んでいった…… 階段を上がったところはつきあたりになっており、左右に廊下がのびていた。 どちらに音源があるのかは判らなかったが、グレンは適当に見当をつけ、足音をたてないように慎重に廊下を歩いていった。しかし、階段と同じく、ここの床板もかなり痛んでいるらしく、足音を完全に殺すことはできなかった。 彼の手には銃がにぎられている。いつでも攻撃できるようにだ。 張り詰めた冷たい空気が満たす空間を、床板のきしむ音だけが微かに響き渡る。あれから物音はしていない。 (どうやらこっちで合ってたみたいだな) グレンの耳が微かな音をとらえた。おそらく、少し先にある扉の中からだ。 銃を持つ右手に力がはいるのを感じる。 グレンは素早く扉に接近し、その横の壁に背をあずけ中の気配をさぐった。 音はしなくなっていたが、間違いなく何かいる。彼の六感がそう告げていた。 グレンは一気に扉を蹴破り、室内に銃口を向けた。 そこはかつて寝室だったのだろう。部屋には朽ちかけたタンスやベッドがあるだけで他には何も目に入らなかった。しかしファルクとして五年、実戦訓練に関しては物心ついた時から行なっているグレン相手に気配を完全に隠すなど不可能に近い。 「そこにいるのは判ってるんだ。出てこい」 グレンは静かに告げた。しかし反応はない。 (出てこない……か。当然だろうな。まあ、殺気も感じられないが……) ファルクの制服は銀の糸で文字のような独特の刺繍がほどこしてある。その服の着用はファルクの義務の一つでもある。だからたいていの人間はそれを見れば、その人物はファルクだと理解できる。そしてこんな所にいる者がファルクを目の前にして持つ感情、それは殺気か戸惑い、もしくは安堵のいずれかだ。しかし、今はそのどれも感じ取れなかった。おそらく、グレンから相手が見えていないのと同様に相手にもグレンが見えていないのだろう。 「俺はファルクだ。おとなしくしていれば危害は加えない」 返事はかえってこない。 「信じられないか? わかった。なら俺は武器を捨てた後、両手をあげて後を向く。この服を見ればファルクだって判るだろ?」 金属が床に落ちる音とグレンの足音が静寂をやぶる。しかしそこはすぐに静寂へともどった。それからしばらくの時が流れた後、ベッドの陰から人の顔がのぞいたのが見えた。まだ若い女の顔だ。 「ああっ! この嘘つき! おもいっきりこっち向いてるじゃない! しかも銃まで構えてっ! 嘘つき! この嘘つきぃ!」 若い女はグレンを指差して大声で何やら非難している。その声の大きさといったらとにかく馬鹿にならなかった。 「うるさい! 黙れ! こっちは命がかかってんだ! こんな所に居る正体不明の奴相手にそんなこと馬鹿正直にしてられるか!」 グレンは女から視線と銃口を外さずに床に落とした銀色の小手を拾い上げた。 「なによそれっ! 逆ギレ? 逆ギレ? ファルクって人助けするのが仕事じゃなかったの? それがそんな態度とっていいの? 国際治安維持組織が聞いてあきれるわ!」 その女はさっきまでベッドの陰に隠れていたくせに、今はベッドの上に仁王立ちになりわめき散らしている。茶色がかった髪をポニーテイルにしたその外見は、とりわけ美人というわけでもなく、どこにでもいそうな普通の少女といった感じだった。 グレンはとりあえず危険はなさそうだと判断し銃をしまった。 「だましてわるかったな。謝るよ」 「えっ…あ……そ、そう? ならいいけど。以外と素直なのね」 謝ってくるとは思っていなかたらしく、少しあっけにとられながら女は相槌をうってくる。ひとまず場は落ち着き、辺りに静けさがよみがえった。 「俺はグレン。見ての通りファルクだ。お前はこんな所で何してるんだ?」 「えっ? えーと、その、雨宿りを……」 さっきまでの勢いが嘘のように女はもごもごと口ごもりながら答えてきた。 「こんな人の寄り付かない森の奥でか?」 「旅をしてたらちょっと道に迷っちゃって……」 「この付近に街道なんかないぞ。一番近いのでも村をはさんだ反対側だ」 「ほ、ほら、だから……その」 「何しにこの森に入ったんだ? ここは村人もめったに入らない様な所だぞ」 「…………」 グレンの質問に女はついに黙り込んでしまった。間違いなく何か隠している。 どうしたものかとグレンは嘆息した。 「言いたくないならかまわないさ。ただこれから俺は任務があるから──」 「任務?」 グレンが言い切る前に女は聞き返してきた。 「ああ。悪霊退治だ。ここは戦場になるだろうから出て行ってくれないか」 その時、女がにやりとした。子供が何かイタズラを思いついた時の様な笑みだ。 「嫌よ。あたしここに残るわ」 「は?」 予想外の返答にグレンはつい情けない声を出してしまった。 「いや、しかしここは危険だから……」 「こんな森の奥をかよわい女の子が一人で歩くのも十分危険よ。それとも、あなたは悪霊から女の子一人守りぬく自信がないの?」 「いや、そんなことはないが……」 「ならいいじゃない。ね」 グレンは思わず苦笑してしまった。このタイプは一度決めたことはめったなことでは曲げたりしない。説得するだけ無駄である。彼の幼なじみがそうであった。 「似てるな」 「ん? 何が?」 「いや、気にしないでくれ。名前は?」 「サティア。サティア・クレバスよ。よろしくね」 旧時代の屋敷の中、闇がただ静かにふたりを見下ろしていた。 青い空の下、丈が膝まである草の生えた草原を少年は走っていた。その前を髪を風になびかせながら少女が走っている。そして彼はその二人の楽しげな様子を眺めていた。 不思議な感覚だ。その少年は確かに彼であり、彼もまた少年である。少年と彼の視界が、想いが、複雑に交錯する。彼は少年の想いを知っていた。かつて彼は少年であったのだから。 どれぐらい走っただろう。少女はときおり立ち止まってこちらを振り返り、優しく微笑んではまた走っていく。 しかし、少年はいくら走っても少女に追いつけなかった。走ろうとしても前に進めないのだ。ただ必死にもがいているだけだった。 不意に彼と少年の視界が一つになり、辺りの風景は一変した。さわやかな草原は炎が荒れ狂い、異形の者が徘徊する死の町へ、そして前を走る少女は血の様に赤いローブをまっとた悪魔へと姿を変えた。そして赤い悪魔は彼の前で背を向けて立っていた。 (俺はこれを、この風景を……知っている……) 赤い悪魔が彼の方を振り返る。その顔には残酷な笑みが刻まれていた。それはゆっくりと全身を彼の方へと向けてくる。恐怖が彼の身体を駆け抜けた。 (やめろ……こっちを向くな……見たくない……見たくないんだ!) その場から逃げようとするが身体が動かない。身体が脳の命令を受付けない。目を閉じることすらできなかった。そして彼は見た。悪魔が手にしているものを。腹を引き裂かれ内蔵を垂れ下げた少女の身体を。身体からもぎ取られ、無残にくずれた少女の顔を…… 「…………!」 声にならない悲鳴を上げグレンは目を覚ました。心臓は激しく脈打ち、全身に汗が吹き出している。ときおり夢に見るのだった。あの時のことを。 「大丈夫? うなされてたみたいだけど」 サティアが心配そうに顔を覗き込んでいた。その顔がグレンを現実へと引き戻すようだった。窓からやわらかな光が射し込んでいる。もう朝になっていた。雨も上がった様だ。 「悪い夢を見た……それだけだ。心配ない」 グレンは呼吸を整えながらそう答えた。 「そう? ならいいんだけど」 そこは暗い廃屋の中の一室。まだ任務は終わっていない。昨日、二人で廃屋の中を調べまわったのだが、結局、判ったのはこの廃屋のは昔は豪邸であっただろうと言う事だけだった。大小さまざまな部屋がいくつかあり、今は一階の最も風化の進んでいない部屋に簡易結界をはって留まっていた。 「悪いな。見張りなんかさせて」 「気にしないで。いくら鍛えられたファルクだっていっても一晩中起きてるのはつらいでしょ? お互い持ちつ持たれつよ。その代わりいざって時はお願いね」 サティアが微笑みかけてくる。 グレンは一人で見張りをするつもりだったのだが、夜中に起きたサティアの強い押しに負け、決界から絶対に出ないことを約束に仮眠をとったのだった。今はそれを少し後悔している。あんな夢を見るぐらいなら徹夜した方がグレンにとってはよほどましだった。しかし、サティアの優しい笑顔がその傷を癒してくれている様な気がした。 「悪霊、出てこないね」 沈黙に耐えかねたのか、サティアが話しかけてきた。彼女の言葉通り、まだ悪霊は出てきていなかった。 「そうだな」 軽く体を動かしながら相槌をうつ。まだ体に脱力感が残っている。 「ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いいかな」 彼女は、彼女らしくない、どこか緊張した声で話しかけてきた。 「何だ?」 グレンはサティアの方を向き、近くにあった椅子に腰掛け──地味にこけた。どうやら椅子の足が腐っていたらしい。 「アハハ、馬鹿ねー。今のやつどう見ても腐ってたじゃない」 後頭部を床に打ちつけ、のたうち回っているグレンを指差してサティアは笑った。 「う、うるさい! で、何が聞きたいんだ?」 グレンは床に座込み、ぶつけた頭を抑えながらうめいた。 「あ、うん、そのことなんだけどね」 グレンの間抜けな姿を見て緊張が解けたのか、サティア声は普段のものに戻っていた。 「人って死んだらどうなると思う?」 「変わった事を聞くんだな。幽霊になるんだろ? 常識じゃないか」 人が死ねば幽霊になる。これはこの世界において常識であり、これを疑問視する人間はほとんどいない。これを否定するのは一部の狂信的な科学者のみだった。 「そうだよね。じゃあ幽霊になったあとどうなるの?」 さらに突っ込んだ事を聞かれ、腕組みをしながら少し考えてみるが、彼の頭には該当する答えはなかった。 「さあな。お前、いつもそんなこと考えてるのか?」 グレンの問いにサティアは、どうしてそんなことを聞くのかと不思議そうな顔をする。 「グレンは考えないの? こんな仕事してるんだからいつ死んでもおかしくないじゃない」 「死と隣り合わせだから考えないんだ。死んだらどうなるかなんて深く考えれば考えるほど死が恐くなる。そしてその恐怖は踏み出すべき一歩を躊躇させる。戦闘中はその躊躇が死を呼び込むんだ。これじゃ考える意味がないだろ?」 この考え方はグレンに限った事ではない。ファルクの大半はこの考え方を持っていた。 「それはそうだけど……じゃあさ、今みたいに悪霊退治の仕事をする時にね、その退治した霊はどうなるのかとか考えないの?」 一瞬、ほんの一瞬であるがグレンが顔をしかめたのをサティアは見逃さなかった。 「考える必要はない。あんな化け物どもがどうなろうが俺の知ったことじゃない」 彼は明らかに憎悪を含んだ声で吐き捨てるように言い放った。そんな彼の態度にサティアは少し腹が立った。どうしてそんなことを言うのかと。 「彼等だってもとは人間なのよ。化け物なんて言い方しなくてもいいじゃない」 サティアはグレンの方を見据えムスっとした表情で言った。グレンはサティアの非難の視線を正面から受けながら、しかし微動だにせずに冷たく言い放った。 「化け物を化け物と言って何が悪い。例えもと人間でも人に害をもたらす以上、化け物だ」 「でも犯罪者だってその人権は守られてるわ! なら彼等だって……」 「しつこいぞ! 奴等に人権なんてものはない! ただの化物だ!」 グレンの予想外の激しい叱咤にサティアの動きが止まった。グレンの視線は彼女を睨み続けている。サティアは動けなかった。まるで蛇に睨まれた蛙の様に。 それからしばらく二人の間に会話はなかった。重い沈黙が居座っている。サティアは部屋の片隅に座り込み顔を腕にうずめていた。グレンもまたあらぬ方へと視線を巡らしている。気まずい雰囲気がその場を支配していた。 その時、不意にサティアが音もなく立ち上がった。うつむいているので表情は判らなかった。彼女はそのまま閉じられた扉へと向かって行く。 「おい、どこに行く気だ?」 サティアは反応しない。同じ部屋に居るのだから聞こえていないはずがない。無視されているのだ。そのことに良い気はしなかったが仕事柄、注意はしておかなくてはいけない。 「おい、不用意に決界から出る──!」 グレンが言い終わる前に彼女は部屋を音もなく出ていった。そう、立て付けの悪くなった扉の音すらさせずに。 「扉を……擦り抜けやがった……」 予期せぬ事態に遭遇した時、人の思考は停止するものなのだろう。グレンはそんな事を感じていた。彼は一瞬呆然としたがすぐに扉へと駆け出した。 扉まで数秒もかからない。グレンが扉を開け放つと少し離れた所にサティアは背を向けてたたずんでいた。 「お前が悪霊だったなんてな。上手く化けてたもんだ。気付かなかったよ」 グレンは銃を構え言い放った。彼女に向けて放たれたその声には、先程までは含まれていなかった侮蔑の色がはっきりと表れていた。 「……違うわよ……」 サティアは背を向けたまま、ぽつりと呟いた。 「なら! お前は何なんだ? どうしてここに居る!」 彼は銃口を向けたまま叫んだ。彼の銃は波動器と総称される退魔銃である。例え相手が霊体であっても致命傷を与えることができる。 「……わかってほしかった。知ってほしかっただけなのに……」 彼は微妙な違和感を感じた。会話が噛み合っていない。 「どうして……どうして……」 サティアが振り返る。グレンははっとした。 その時グレンは初めてそれを見たのだ。彼が化け物と侮蔑する者の涙を。 「どうして判ってくれないの! この……ばかぁっ!」 サティアの叫びと共に彼女の前の空間に力が収縮し、直径一メートル程の蒼い球体が生まれる。 そしてそれはグレンの方へとかなりの勢いで直進してきた。 (……! 避けれない!) 蒼い力の塊に吹き飛ばされながら彼は悟った。彼女は違うと。 そして気を失う直前彼は見た様な気がした。天井にわだかまる闇の中に不気味に笑う顔を。 彼は草原に立っていた。 (またこの夢か……もううんざりだ……) 何度も見る同じ夢。自分にとって一番苦痛な夢。いつもと同じように、いつもと同じタイミングで草原は地獄へと、少女は悪魔に抱かれた肉塊へと変わる。 しかしその時は少し違った。 草原は暗闇の空間へと変化し、少女は白いワンピース姿の悲しげな女へと変貌した。グレンには見覚えのない顔だ。 ───逃げて…… 女は悲しげな声で語りかけてくる。その声は音としてではなく直接脳に響いていた。 ───お願い……逃げて……もう……傷つけたくないの…… 女は泣いている様だった……
後編
気が付くと目の前には申し訳なさそうな表情のサティアの顔があった。 「大丈夫?」 正直、あまり大丈夫ではない。動こうとすれば全身に痛みが走る。 「あの、ごめんね……」 サティアが謝ってくる。グレンは床に横たわったまま、ただ黙っていた。 「ごめん。あたし腹が立って、あなたの言い分も聞かないであんな事しちゃって。きっとグレンにも理由があるんだよね」 グレンは思わず苦笑してしまった。こいつはとんだお人好しだ。 「ない、といったら?」 グレンは静に呟いた。 「もう二度と口きいてやんない」 ふくれっつらで横を向くサティアに、グレンはたまらず吹きだしてしまった。 「何よぅ。あたしは本気よ」 やっぱり似ている。グレンはそう思った。姿形は違うが性格はそっくりだ。 できたら話してやりたかったが今は時間がない。気を失う前に見たあの不気味な顔、かなり危険だと彼は判断した。今の限界近い状態ではまともに戦うことはできないだろう。 「悪いがその話は後だ。今すぐここを出て村にもどるぞ」 グレンはきしむ体をなんとか起こした。 「どうして?」 「ここは危険だ。こんな簡易結界じゃいつまでもつかわからない」 サティアは何のことだかさっぱりわからないといった顔をしていたが、それにかまっている余裕はなかった。 バチッ! その時、突然何かが弾ける様な音と共に一瞬の閃光が走った。 急に辺りがまがまがしい冷気に満ちた。 『待っていたぞ……貴様が弱るこの時を。クククッ』 「まずい! 結界が破られた!」 次の瞬間、火球がグレン目掛けて放たれた。避けれるタイミングではない。 しかしそれはグレンにとどく前に、蒼い光球と衝突しむなしく霧散する。サティアだ。 『小娘! 邪魔をするな!』 突如、二人の前の空間が歪み闇をまっとた女性の霊が現われる。 身にまとっている雰囲気はまったく違うが確かにさっき夢に出てきた女性だ。 「あなたはあの時の!」 サティアが驚愕の声をあげた。 「知ってるのか?」 「うん。グレンに会う少し前に見たの。少し雰囲気は違うけど間違いないわ」 『違うな。私はお前とは初対面だ。お前の会った女はすでに私が取り込んでやったわ!』 悪霊は不敵な笑みを浮かべサティアを指差して言う。 『クククッ……小娘、待っていろ。お前もすぐに取り込んでやる。そのためにわざわざ呼び寄せたのだからな! ファハハハ』 「何がそんなにおかしい! このクソ野郎!」 グレンは銃を右手で構え、霊に向かって弾丸を撃ちこんだ。 『何だその攻撃は? まったく効かんぞ? んん?』 悪霊は余裕の表情でこちらを見据え、腕を横に一薙ぎし、衝撃波を生んだ。 衝撃波は容赦なく辺りの物ともども二人を吹き飛ばした。鈍い衝撃がグレンの全身を襲う。 『馬鹿め! 私を倒したければ四聖でも連れてくることだな! 最も、数百年も前の人間が生きているはずないがな! ククク……』 グレンはなんとか身を起こしたが、それ以上は体が言うことをきかない。サティアは少し離れた所で気を失っている。無事なようだ。グレンは少し安堵のため息をもらす。 『ほう。まだ起き上がるか。おとなしく寝ていれば命だけは助けてやったものを』 悪霊は起き上がったグレンを見て感嘆の声をあげる。 「あいにく体は丈夫なんでな。それにこんな所では死ねないんだよ。クソ野郎!」 虚勢をはりはしたが、実際、彼にはもう動く力も残っていなかった。 『そうか。ならば今すぐ葬ってやる!』 悪霊が腕を振り上げると同時に、急激に部屋の温度が下がり、それに反比例するかの様に振り上げられた手に熱エネルギーが収縮し巨大な火球が出現する。先程の比ではない。 『死ねぇぇぇぇ!』 迫り来る火球がグレンの皮膚を灼き視界を赤く染める。彼の意識は闇へとのまれていった。 グレンが目を覚ましたのは白を基調とした部屋のベッドの上だった。 「あら、気が付いた? 体、大丈夫?」 声につられ横を向くと鮮やかな金髪を腰までのばした女性がいた。サティアではない。知らない顔だ。 「ここは……」 「ここはナーサの診療所よ。あなたが街道に倒れてたのをあたしが見つけてここまで運んで来たの。重たかったんだからね。感謝しなさいよ」 グレンは体を起こしてみた。不思議と痛みはまったくなかった。それどころか、受けたはずの傷すらなくなっている。彼にはどうなているのか見当もつけられなかった。 「私はティナ。どうしてあんな所に倒れてたの? 行き倒れ?」 (どうなってるんだ? 俺は確かにあの火球に飲み込まれたはずだ。なのになぜ火傷ひとつない?) 「ねぇ、聞いてる?」 (この女の話が本当だとすると、俺はあそこから村の反対側の街道まで行った事になる。いったいどうやって……) 「き・い・て・る・の!」 体を揺さ振られグレンは我に返り、同時に重要なことを思い出した。 「そうだ! 俺の他にもう一人女がいなかったか! 茶色い髪の女だ!」 「し、知らないわ。あそこにいたのはあなたとあの剣だけよ」 彼女はグレンの勢いに少したじろぎながら壁を指す。 「剣? 俺はそんなもん持ってなかったぞ」 そこには青い宝石をあしらった剣が立て掛けてあった。やはり見覚えない。 「そうなの? まぁいいじゃない。もらっちゃえば? じゃ、あたしは行くけどいい?」 「あ、待ってくれ。これをファーナの支部に届けてくれないか」 「ん、いいわよ」 グレンはポケットから指令書をだして手渡した。応援要請の合図だ。 「悪いな。他人のあんたを巻き込んで」 彼女は苦笑しながら手をふる。 「気にしないで。お互い持ちつ持たれつよ。じゃあね。縁があったらまた会いましょう」 彼女が出ていった後、グレンはサティアの事を思い出していた。 「お互い持ちつ持たれつ……ね」 サティアは無事だろうか。彼女の笑顔が、彼女の言葉が頭をよぎる。 『アハハ、馬鹿ねー。今のやつどう見ても腐ってたじゃない』 『人って死んだらどうなると思う?』 『退治した霊はどうなるのかとか考えないの?』 『……わかってほしかった。知ってほしかっただけなのに……』 グレンはため息をつき立ち上がった。 「……魂の行方……か」 病室を出る彼の手には剣が握られていた。 数時間後、グレンは再び廃屋の前に立っていた。廃屋を包む闇が一段と濃くなった気がする。しかし躊躇している場合ではない。彼は廃屋の中へと進んだ。 中に足を踏み入れると身に染みてわかった。明らかに闇が濃くなっている。 考えたくはなかったが恐らく、サティアを取り込んでより強力になったのだろう。 『待っていたぞ。グレンよ』 正面の階段の中程に闇が集まり、形を成す。その姿はどことなくサティア似にていた。 『貴様にも判るだろう? さらに強くなった私の力が! なぜだか判るか? あの小娘を取り込んでやったからだよ! 実にいい気分だ!』 不思議と怒りはわいてこなかった。怒りを通り越せばこうなるのかもしれない。 『しかし本当に来るとはいい度胸だ。冥途の土産に教えておいてやる。我が名はドレアム。死を誘うもの』 グレンは無意識のうちに剣を抜いていた。 『ほう。今度は剣か。先程は何者かの邪魔が入ったが今度はきっちりと殺してやる。そして私の一部になるがいい!』 ドレアムは火球を生み出しグレン目掛けて解き放つ。しかしグレンはそれを剣で薙ぎ払い両断する。自分の意志ではない。体が勝手に動いているのだ。 (なんだ? この感覚は?) ───若き戦士よ。少し体を借り受けるぞ…… 何者かの意識が体に入ってくるのが判る。 (お前は誰だ?) ───私の名はロイド。終末の四聖が一人、剣聖ロイド・クルニス…… ロイドの意識と記憶が奔流なってグレンに流れこむ。そしてそれはいくつかの映像を断片的にではあったがグレンに見せた。 今では失われた高度な技術。迫り来る機兵。どこか見覚えのある長い銀髪の美女と赤い宝石をあしらった剣を持つ青年。グレンのものと同じ銃を持つ若い男。彼が、ロイドが命を落とした瞬間、そしてグレンの夢で逃げろと訴えた女性、マリア…… ロイドの全てを知ったわけではない。しかしグレンにとっては十分だった。 (いいさ。貸してやるよ。その代わり負けるなよ) この瞬間、グレンの体はグレンの意志を離れロイドのものにとなった。 『炎を切るとはやるな。ならばこれならどうだ』 ドレアムの腕が虚空を薙ぎ衝撃波が生まれ轟音をたて迫り来る。 しかし彼はそれをいともあっさりと切り捨てる。二つに切り裂かれた衝撃波はそれぞれが彼の後の壁に激突し破壊を撒き散らす。 『ば、馬鹿な! たかが人間ごときにどうしてそんなことができる!』 ドレアムは明らかに焦っていた。戦いにおいて焦りは正確な判断を下せなくする。 『くらえっ!』 ドレアムの声と共に拳大の火球が無数に降り注ぐ。しかしあるものは避けられ、またあるものは剣によって薙ぎ払われ霧散する。体にあたるどころか、かすりさえもしない。 『なぜだ! なぜそんな芸当ができる!』 グレンと戦っているつもりのドレアムが驚くのも無理はない。普通の人間には到底できない事をやってのけているのだから。 狼狽するドレアム。しかし急にドレアムの顔に不敵な笑みがうかんだ。 『フフ、ならば!』 ドレアムはそう叫ぶと両手を頭上にかかげた。 『これならばどうだ! この小さな空間では避けれまい!』 かかげられた手のうえに巨大な、この部屋全てを灼きつくさんばかりの火球が出現する。 『私の勝ちだ! くらえ!』 ドレアムが叫ぶ。が、何も起きない。巨大な火玉は今だにドレアムの頭上で燃え盛っている。 『な、何! か、体が動かん……』 『当然でしょ! 私みたいなの取り込んだら食当たりするに決まってるじゃない! ほら、マリアさんも何か言ってやりなさいよ』 『え、ええ。あたしの霊体、返してもらいます!』 ドレアムの輪郭が激しく揺れている。サティアとマリア、そしてドレアムの魂が激しく攻めぎあっているのだ。 『おのれぇぇぇ! この小娘どもがぁぁぁ! おとなしくしていろぉぉぉ!』 ドレアムの叫びと共にその輪郭が安定する。しかしそこにに隙が生まれた。 バシュウ! ドレアムの頭上にあった巨大な火球が音をたてて消失する。ロイドが剣を火球に投げつけたのだ。それと同時にグレンの体を支配していたロイドの意識も消え、体はグレンの支配のもとへと帰ってきた。 全身の自由を取り戻したグレンは両手で銃を構え全身の力をこめる。左腕の小手に文字が浮かび淡い緑色に輝く。その輝きは同じく文字の浮かび上がった銃身へ移っていった。 「滅びな! ドレアム!」 ゴオゥ! 轟音を響かせながら緑色のエネルギー弾がドレアムを貫く。 『おのれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!』 それがドレアムの断末魔だった。 ドレアムの消滅とともに取り込まれていた霊達は解放された。 今ここにはグレンと、解放されたサティアとマリア、そして剣から抜け出したロイドの霊がいた。 ロイドとマリアはどうやら恋人だったらしい。ただ彼等の時代は大戦時で、ロイドが戦死したことにより、彼らの想いが成就される事はなかったそうだ。 『グレン。ありがとう』 ロイドが方膝をついて礼を述べた。まあ、これはグレンが最後の一発を撃ったときに大量のエネルギーを銃に吸い取られたため、座り込んでしまっているからであるが。 「礼を言うのはこっちの方だ。あんたがいなかったらやられてたかも知れない」 グレンの顔には疲労が色濃く出ていたが、その表情は満足気だった。 ロイドもまた剣を手にし満足気にグレンを見ていた。 『グレンよ。お前を我が戦友の子孫と見込んで頼みたいことがあるのだ』 「気付いてたのか?」 グレンは顔を上げロイドを見た。 『お前が私の過去を見たように、私もお前の過去を見たのだ』 「そうか……で、頼みってなんだ」 『この剣を託したい』 そういってロイドは剣をグレンに差し出した。 「俺は剣を使えないんだけどな」 『ならばお前が認めた者に託してくれるといい。その剣はお前の銃同様、大きな威力を秘めている。だからこそ、私の心を知っているお前に託したいのだ』 グレンはしばらく黙っていたが、心は決まっていた。 「判ったよ。あんたの心はこの俺が引き継ごう。だから安心していってくれ」 『すまない』 ロイドはグレンに深く一礼し、マリアの方へ向き直った。 『さぁもういこうマリア。私たちの新しい未来へ』 『ええ。グレンさん、サティアさん、本当にありがとうございました』 「バイバイ。マリアさん。元気でね、ていうのはちょっと変かな。フフ」 手を振るサティアに会釈しながら二人は旅立っていた。 「ねえ、理由教えてくれる?」 戦闘の傷跡でよりいっそう廃屋らしくなった屋敷の中、グレンの横に腰を下ろしたサティアが話しかけてきた。 「理由?」 グレンは何の事だかわからなかった。 「どうしてあんなに霊を嫌ってたのかの理由」 「ああ、あれか。聞きたいのか?」 「うん。気になるんだぁ。どうして嫌っちゃうのか」 落ち着きなく視線を移しながらサティアは座っていた。 「赤いローブをまとった悪霊達に滅ぼされたんだ。俺の村」 グレンはぽつりと言った。 「あの時村で戦えるのは親父だけだった。親父はよく戦ったよ。四聖の子孫として。でも数が違いすぎた。勝ち目はなかったんだ。両親も友達も幼なじみも、みんな……みんな死んじまった。生き残ったのは俺だけだ」 「あ……ご、ごめん……あたし、あたし……」 サティアは今にも泣きそうな声で謝ってくる。 グレンはサティアの頭にぽんと手をおいた。 「気にするな。その代わり俺も聞きたい事がある。サティアは何者なんだ?」 沈黙、しかしそれは長くは続かなかった。 「幽霊よ。ただ気が付いた時には名前も言葉もいつ死んだのかも判らなかった。ただ、あたしは幽霊だっていう自覚はあったけど。長い間彷徨ってる間に言葉も覚えて名前も自分で決めて、実体化したりする特技もできちゃって。でも友達だけはできなかった。本当のことが判るとみんな逃げていった。だから……」 最後の方はもう消え入りそうな声だった。これ以上、言葉を続けられない様だった。 サティアは黙り込んでしまった。 「これからどうするつもりなんだ?」 グレンがどことなく優しい声でサティアに問いかける。 「自分探しの旅を続けるわ。グレンはどうするの?」 あきらめと期待が入り交じった複雑な瞳がグレンを見つめていた。 「俺は流れのファルクだからな」 彼には彼女が今何を一番望んでいるのか判っていた。かつての自分もそうであったから。 それは─── 「手伝ってやるよ。人助けもファルクの仕事だろ?」 サティアは満面の微笑みをうかべて抱きついてきた。その大きな澄んだ瞳には涙があふれていた。 「グレン、ありがと」 それは全てを受け入れてくれる友─── 数時間後、二人は到着した応援部隊に保護され、無事に村へと帰還する。 こうして、この事件はいくつかの謎を残しつつも幕を閉じたのだった。
あとがき
あなたは霊魂の存在を信じますか? 生まれ変わりを信じますか? 僕は信じます。正確に言えば、「信じたいです」かな。霊魂が存在するって言う根拠なんかありませんし、証拠もありません。それでも僕がそれを信じる理由。それは死ぬのが怖いからです。 死んだらどうなるのだろう? 子供の頃にそんなことを考えて恐怖にかられた経験はありませんか? 僕はあります。小学生の時なんか不安になって一人布団の中で泣いてたこともあります。死によって自分自身が消え失せてしまう。この事が子供の頃の僕にはとても怖かったんです。今もですけどね(笑)でも霊魂や生まれ変わりがあるすれば、例え姿かたちは変わっても「自分」というものは存在し続けるわけです。これを信じることで僕の中での死というものの定義が「完全な消滅」から「再生への一歩」にかわるわけです。そう考えれば死への恐怖も少しは和らいだんです。まあ、死というものの恐怖や不安から身を守るための一種の自己防衛ですね。それが僕が霊魂や生まれ変わりを信じる理由の根底にあります。 それはそうと最近新作があがらない。少々困っております。やる気が足りないのかな? いまいち調子がよくありません。 知っている人はわかると思うのですが、この作品「魂の行方」は以前に一度出したものなんです。部誌に使えるようにと少し改訂してみました。以前よりはましになってると思うんですけどね、個人的には。実際のところどうなんでしょう? 感想とかもらえると嬉しいです。
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