大学祭出展作品


タイトル  彼女は東京へ

作者名  鉱人



 僕は放課後というものが好きだった。理由は色々あるけど、一つ言えば匂いだ。教室の板床にワックスを塗った匂い、秋の夕暮れの澄んだ冷たい匂いが混ざって、とても心地が良い匂いだからだ。
 学芸会まであと三日と近づき、僕は大道具の仕事を黙々とやっていた。周りの子達はサボって遊んでいるのに対して女子はちゃんと自分の係りをし、サボっている男子に文句を言いながら仕事をやっていた。時々担任である森本先生が僕らの様子を見に来たり、サボって遊んでいる男子を注意していた。僕はクラスではおとなしい方だったが、元気グループの彼らとも喋ることもできたし、一緒に居ること苦ではなかった。うるさいけどその話はとてもおもしろかった。おとなしい僕を変な目見ることしなかった。
「田中くんは真面目だね?」
 しゃがんでガムテープを引っ張っていた僕を覗きこみながら言ったのは竹田さんだ。彼女はキレイで色白で着ていたスカートの裾からは白くて細い足首が見えた。髪は肩のラインでキレイに揃えられ、前髪は眉毛とまぶたの中間くらいで揃えられている。ヘアピンは左右に一つずつキレイに止められていた。
「う、うん……」
 僕は普段はあまり喋ったこと竹田さんが話しかけてきたことと、黙々と仕事をしていたことで僕は少しびっくりした。
「遊ばないの?」
 女子達はみんな文句言っているが、竹田さんは少し違った。彼女も結構サボるほうなのだろうか? その少し大人びた振るまいと、なびく髪の毛と、その止まったしまったかのような時間、空間に僕は魅了されていた。目は合っていた。
「これ、やらなきゃ駄目じゃんか。」
 僕はふと我に帰り言った。
「そか――」
 まだ何か言いたそうな口調で言い、女子のグループの中に消えていった。
 東の空が紫色に変わった頃、
「はーい、みんな今日はここまでにしましょう」
 先生がそう言うと、サボっていた男子どもがランドセルを颯爽と背負い、さようならと先生に言って影を長々と落とし駆けて言った。その度に女子達は怒って文句が口から出た。僕はそんな光景をランドセルに教科書を終いながら見ていた。
 空は紫、オレンジ、とグラデーションを描きながら輝き、僕達や木製の机や椅子を赤茶色に染めていた。
「キレイね」
 竹田さんが聞えるように呟いた。


 カレーのいい匂いがして、お腹が空いた僕をより空かしてくれた。
「ただいまぁ」
「おかえりなさい」
 すぐに気の良いお母さんの声が聞こえた。キッチンにお母さんがいた。リビングにはお姉ちゃんがテレビを見ながらくつろいでいた。リビングは大きな薄い黄緑のソファや、ガラスでできた楕円型のテーブル、同じく薄い黄緑の戸棚にはくまのぷーさんのぬいぐるみや置物が並んでいる。僕の家はそれほどお金持ちではないが、内装などはお母さんの趣味で可愛い造りになっている。
「遥香、勉強はしなくていいの?」
 お母さんがカレーの鍋をかき混ぜながら言った。
「うん」
 お姉ちゃんはそっけない返事をしてまたテレビに目を向ける。お姉ちゃんは高校受験が控えていた。塾には真面目に行っていたが、家ではこの通りくつろいでいた。お姉ちゃんは頭が良かった。そして要領も良かった。そんなお姉ちゃんの性格が僕は好きだった。僕もこんな性格になりたいとか思っていたし、こんな性格の方が頭が良くなるとも思い込んでいた。
 ――ひんやりした僕の部屋にランドセルを置いてキッチンに向かった。


 今日は二つの良いことが、だるく重たい朝を清々しくしてくれた。一つは、今日の授業が朝の四限だけで昼からの二限はゆとりの時間なのだ。いつもならグランドに出てドッジボールかサッカーだが、学芸会のため準備がゆとりの時間にあてられた。それでも僕はうれしかった。もう一つは、学芸会が日曜日にあるので月曜日は代休になるということだ。僕は日曜日はどうしても好きにはなれなかった。日曜はお母さんが掃除をしない日でお父さんと一緒にゴロゴロして、動物園にいる動物のようにも見えた。けどお母さんは部屋の掃除以外は(洗濯や料理など)はちゃんとこなすのだ。僕はお母さんの日曜日が不思議に思えた。だから日曜日が学芸会で潰れてうれしかった。
 学校に行くと、いつもの板床にワックスの匂いとともにキャーキャーはしゃいでいる下級生の声が僕の体全体に感じさせる。教室には半分近くクラスメートが来ていた。
「理想の時間だ」
とか思いながら僕はランドセルから教科書を取り出し、机の中にしまう。今日は四限だから少ない。教科書を入れた横には黄色いお道具箱、その横にはソプラノリコーダー。僕のお道具箱はちゃんと整理している。前の席の男子はグチャグチャでプリントやテスト、カチカチになった給食の残りのカビパン(みんなカビの生え給食のパンをカビパンと呼んでいた)などが無造作に突っ込まれている。
「嫌だな……」
 僕は雑なことが嫌いだった。女子の机の中はみんなキレイで、赤や、ピンクのお道具箱でキチンと整理もしてある。しかし竹田さんは結構雑で汚かった。カビパンはなかったがプリント貯まっているのが見える。少しがっかりだった。


 給食は焼きそば、筆箱くらいのコッペパン、パイナップルのシロップ漬け、そして牛乳だ。焼きそばにピーマンが入っており、口に入れてはガツガツと噛み砕きモロに飲み込んだ。みんなは焼きそばをオカワリしたり、残った牛乳を賭けてジャンケンをしている。ふと見ると、竹田さんも焼きそばガツガツ食べていた。
「何が嫌いなんだろう?」
 とかなんとか。僕の勝手な想像とともに給食の時間は過ぎていった。
 昼休みはみんな外に出ていくことが多く教室はガラガラになる。ちらほらまだ給食を食べている子や係りの仕事をしてる子などがいた。竹田さんは朝礼台に座り遠くを見ていた。彼女は友達は多い方だが体を動かすことはあまり好きではないようでいつも一人、みんなを見ていた。
「ねぇーねぇー! 一緒にやらない?」
 時おり友達の女子が駆け寄って来たり、
「竹田、審判してくれよ!」
「うん、いいよ。」
 男子がドッジボールの審判を頼んだりしていた。彼女は快く引き受けているみたいだった。僕はそんな竹田さんを見ながら今日の昼休みを終えた。


「それじゃぁ役者の人はこっちに来てぇ!」
 と森本先生は声を張ってふざけている生徒を誘導していた。先生は怒るととても怖かったけど普段は優しく、いい先生でなんでも話すことが出来た。生徒と一緒に遊んだりしていて子供っぽい部分もあったが僕はこの先生が好きだった。昼からは予定通り、学芸会の準備だった。僕はどっちかと言えば役者とかより裏方って感じだと勝手に決めていた。だから大道具を選んだのだ。竹田さんは小道具だった。友達と一緒になったのだろうか? 役者は相変わらず元気グループの彼らと数人の女子が立候補し、すぐに決まった。そして人気がなかったのが音響の係りだ。音響は劇の場面によって音を流すのだが、それはかなり難しく、面倒くさいもので誰も選ばないのだ。おとなしい子が元気グループの彼らに無理矢理進められて決まった。気の毒だな。と僕は少し笑い思った。
 いつも通り元気グループの彼らは仕事などそっちのけで遊んでいた。僕は劇の後ろの背景の色をがんばって塗っていた。ニメートル四方の紙に鉛筆で下書きが書かれていたが、元気グループが背景を描く係りの子を連れていってしまい僕は一人で巨大なキャンパスと戦っていた。
「真面目だね?」
 そこへ小道具の仕事が終わった竹田さんがまた相も変わらず覗きこんできた。僕は軽く不機嫌になったりした。竹田さんはやっぱりキレイで、大人っぽい顔立ちとスカートからみえる足首が僕をドキドキさせた。僕は照れながらも顔を背け、また巨大なキャンパスに立ち向かった。
「手伝ってあげるよ。」
 彼女はニコニコ笑いながら絵の具箱から太い筆をとって僕とは別の部分を塗り始めた。
 竹田さんは今まで同じクラスに居たなかったのかのように思えた。いや、確かに居たのは知っている。だがこんなに意識することがなく、僕には昨日どこからか転校してきたかのような錯覚を覚えた。
 しばらくの沈黙の果てに僕が先に喋った。
「そこ青色だよ」
「あ、ごめん」
 ――何気もない言葉だった。
 竹田さんは笑いながら謝り、上から気持ちのよい青色をベタベタ重ね塗りをした。結局二人最後まで背景を書き終えてこの日の仕事は終わった。結局竹田さんの間違った色はすべて消えず、微かに見えた――


「ただいま。」
 珍しくお父さんがお土産買ってきた。
「うわー奇跡じゃん!お父さんのお土産なんて!」
 お姉ちゃんが驚くのも無理はない、お父さんは出張で遠くに出かけても何一つ買ってこないのだ。気がきかないお父さんだ。お母さんもまぁ♪って感じでお父さんを見ていた。定番のお寿司だった。僕らは晩ご飯を食べたのにもかかわらず少し無理して酢飯を胃の中に入れた。
「あぁ、お腹いっぱいね」
 お母さん嬉しそうに言った。お父さんがお土産を買ってきてくれたことがすごく嬉しかったみたいだ。それに対してお父さんは僕らがお寿司を食べている間お風呂に入り、寝間着に着替え、新聞のテレビ欄に目を通していた。僕のお父さんはこんな人だ。


 「タバコなくなったから買って来てくれ」
 お父さんはお風呂上りの僕に言ってきた。
「やだ」
 僕はそう答える。
「二百円やるから行ってきてくれよ」
「しかたないなぁ」
 僕は承諾した。お父さんはよくお金で僕を釣る。そんなお父さんの行動が僕はあまり好きではなく、しょうがないなぁ程度に行ってやるのだ。お金ももらえるしね。
 外は闇に閉ざされていて昼間とは別の世界だった。肌寒く風は少しばかり流れた。微かに光るは人の家の明かり、電灯、そしてキレイな半月。物音はいっさい聞えず無音の中を僕は歩き始めた。夕方近所の子が遊んでいた三輪車、風で揺られた洗濯物、サンダルと地面の擦れる音と。僕は自動販売機まで歩き続ける。猫よけの水の入ったペットボトルに電灯の光りが反射し、キラキラ光る。風は僕の前髪を何度もさらっていこうとする。僕だけが自動販売機への道を歩いていた。もうこの世には誰もいないかのように思えた――
「寒い」
 僕は一人呟き自動販売機の前にやってきた。僕は自動販売機の出す光りに目を細める。
「スーパーライト……、スーパーライト……、っと」
 足音が聞えた。次第に大きくなり暗闇から絶えずして聞えてくる。
「あ、田中くん――」
 竹田さんの声だ。僕の胸の鼓動が早くなる。彼女はいつもとはあきらかに様子が違う。いつものキレイに揃えられた後ろ髪はバッサリ切られ、前髪も少し切られていた。微かな化粧と香水の匂い、スカートから伸びた足首は自動販売機の光りに照らされいつにも増して白くキレイだ。大きな鞄が彼女の腰にはさげられていた。
「――どうしたの?」
僕はあきらかにおかしい竹田さんに聞いた。
「私、東京に行くの」
「え!?」
 竹田さんは相変わらずいつもの大人びた口調で平然と言う。微かな化粧が大人びた竹田さんの顔をより大人っぽく、女性っぽく見せるのだった。僕はそのあまりにも意味の分からない言葉に驚きを隠しきれない。
「家出……?」
 竹田さんはこくっと頷く。僕の頭の中では理由という理由が駆け巡っていた。昨日までの彼女はいつもの通りだった。何も変わらない。なぜだ!?
「お金! お金あるの?」
 僕は慌てて聞いた。
「うん、私の家お金持ちだしね」
 彼女はふっと笑い言った。
 僕はポケットを探り、お父さんがくれた二百円を彼女に渡した。
「これ、あげるよ」
 僕は彼女の手に二百円を置くと少し笑い言った。
「今これしか無いんだ。お父さんのタバコ買いに来ただけだから」
 あきらかに無理をしている僕は誰が見ても分かった。
「ありがとう」
 彼女は今までにないような笑顔を見せ、言う。その度僕の胸の鼓動は高まるのだった。
「向こうに行ってどうやって暮らしていくのさ?」
 僕は一番の疑問を彼女にぶつけた。
「なんとかなるって。夜の仕事とかやったら大丈夫だよ」
「女はね、自分を売ることが出きるの」
 純粋な彼女は夜の仕事がどんな仕事なのか知っていたのだろうか? 僕は彼女の家出の理由が聞けなかった。
「好きです」
「じゃぁね、バイバイ!」
 彼女はそういうとまた暗闇に消えていった。僕は止めることすらできなかったし言葉さえ出なかった。好きです。好きです。好きです。初めての愛の告白だった。僕の胸の鼓動はドクドクなり続け、全身の血液が逆流するかのように流れ僕を熱くさせた。月はキレイに、そして悲しく光り僕を照らし出してるかのように見えた。


 大道具はほぼ全て出来あがり、教室の前に立て掛けられている。その横には小道具が置いてある。それはみんなダンボールの切ったやつや画用紙に色を塗ったものなどでできていて、あまり本物っぽくなかった。
 竹田さんはやはり来てるわけが無く、僕はとても心配になった。
「好きです」
僕はあの言葉を思い出しては胸の鼓動の高鳴りを抑え、今どこにいるんのだろうか?        
 生きていけるのだろうか? なぜ家出なんか、東京なんかに行ったのだろう? あの言葉の意味とか、色々考えることが多すぎて午前の授業は上の空だった。遥か上空の雲の流れる音とか、先生が黒板に書くリズミカルなチョークの音とか、飛行機が通り過ぎる音とかが僕の気持ちを憂鬱にさしてくれる。
 今日は土曜日だ――
 お昼から学芸会のリハーサルがあった。その前のミーティングのことだ。
「みなさん、竹田さんが昨日から行方不明だそうです、誰か知ってる人いますか……?」
 森本先生は動揺と心配が調和したような目で僕達見ながら言った。言うまでも無く、クラスのみんなは大騒ぎで驚きで目が点になっている子、口ケンカになってる子、親友だろうか? 泣き出す子までいた。僕の胸の高鳴りは最高潮にまで高ぶっていた。
「知っている……僕は知っているんだ」
 僕はぐっと下唇を噛み、目を瞑り、眉間にはしわをよせていた。あの時の竹田さんの瞳と言葉は絶対何かあるんだ、僕はそう悟った。


 例え、この先何があっても、誰に聞かれても昨日の夜のことは言わないだろう。なぜならそれがあの時の言葉の意味であって、僕の返事なのだから
 それから数ヶ月後、竹田さんはいっこうに見つからずに事件は少しずつ、少しずつ薄れていくのだった。彼女の両親は離婚したらしい。竹田さんは東京に辿り着けただろうか? うまくやっているだろうか? 僕はたまに彼女のことは思い出し、自分の胸の鼓動を高鳴らせ、傷めているのだった。
 秋はもう終わりを迎えようとした。木々の葉は赤や黄色と僕の街を染めては落ちて風で飛んでいき、竹田さんを連れ去ってしまったかのように思えた。きっと彼女はどこからか転校してきて、またどこかに転校していったのだろう。僕は彼女をそんな風に思うのだった。
 竹田さんが間違って塗った色は、全て消えることなく薄く、微かに見えていた。
 
                             (了)



あとがき

 今回初めて小説を書かしてもらった、鉱人です。
 今回登場してもらった人物の名前は実名を使わしてもらいました。主人公の田中くん、この子は小学校の頃のクラスのいじめられっこだった子です。先生は小学四年のときの先生、ヒロインの竹田さんは中学の時に好きだった子なんですね。
 自分が子供の頃って何もかもが新鮮な感じでした。自分のとって物語にしたいネタがわんさかあるのです。藤子ワールドみたいなSF(ちょっと不思議)を取り入れて行きたいです。
 これからもこんな感じで小説を書いていきたいと思っております。どうぞ宜しくお願い致します。




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